灯火

 いつもADRAの活動を応援してくださり、ありがとうございます。
 今回は、駐在員の細見がウクライナ避難民支援センターを訪問した際の様子をご紹介します。現地で出会った人々の声や、支援の現場で感じたことを通して、いま起きている現実を皆さまと共有できればと思います。

 7回目となるケジュマロクへの出張も、もう慣れたものだと思いながら私は電車に乗った。

 電車に揺られながら、駐在したての2024年6月に、ケジュマロクに初めて赴いた時のことを思い出した。ADRA Japanが一昨年の4月より、ウクライナ避難民支援の活動拠点としているケジュマロクは、スロバキア北東部にある田舎町である。アジア人を見かけることはほとんどなく、街中を歩くだけでも、周囲からの視線を感じるような場所だ。支援センターに足を運ぶと、見知らぬ顔ばかりの中に一人紛れ込んだ。裨益者の方からの「だれだろう?」という心の声を感じ取った。しかし、人見知りの性格を押し潰し、私は勇気を振り絞りながら裨益者の方に自己紹介をし、声をかけ続けた。

 脳内での回想を繰り広げながら外に目をやると、一面真っ白の雪景色だった。ケジュマロクも寒そうだなと思いながら、私はいそいそと厚いコートを羽織、最寄り駅で降車した。

ブラチスラヴァからケジュマロクに向かう道中。2025年12月3日

 氷点下に近い気温で、路肩には雪が積もっている。ザクザクと足元を鳴らし、身震いしながら歩いていた外とは一変、避難民センターに入るなり、頭から湯気が出そうな温かさに包まれた。

「わぁ!まな!元気だった?」

 大きな抱擁と共に、センターにいたスタッフや裨益者の方々に声をかけられた。双子のお子さんを持つターニャさん、日本の放送局と一緒に仕事をしていたジョージさん、生物学を専攻していたガリアさん…。これまでの会話で記憶した、一人一人の顔と、その方たちがもつ背景を基に、私も彼らの近況に耳を傾けた。お互い名前で呼び合い、冗談から深刻な話までできるような関係になれたことが、心底嬉しく思えた。

大きな抱擁で迎え入れてくれたパニベラさん。ケジュマロク、2025年12月3日

 ターニャさんが、大きな目をぱちくりさせながら言った。

「スロバキアでの生活は時に孤独を感じる。だけど、センターでは自分が自分でいられ、みんな温かく受け入れてくれる。私たちは、まるで一つの家族のようなものなの」

 パニベラさんは、

「娘と孫息子はカナダにいて、彼が生後4カ月の時以来会えていないの。今は別の娘と一緒に生活しているけど、彼女も仕事とか自分の生活があるでしょう。だから、たまにとても寂しく感じるの。でも、ここのセンターに来ると一緒に話せる人がいるから助かるわ」

と、白髪を時折かきあげながら話した。

 このように避難民センターを心の支えとしているのは、ケジュマロクに住むウクライナ避難民だけではない。8月にスロバキア北中部にあるトレンチンの活動地へと向かった折も、ほとんどの方から同様の意見が伺えた。

「どんなに疲れていても、センターに来てお話しできる人を見つけると、疲れが吹っ飛んじゃうの」

「センターが精神的な支えになっている。活動に参加すると、その間は(ウクライナで起きていることや生活の苦悩から)一時的に解放されるの」

楽しそうにおしゃべりしながらクリスマスツリーを作成している。ケジュマロク、2025年12月3日

 彼女たちの話から、自分の経験を振返ったときに、通じる部分があることに気が付いた。私は小学校4年生から6年生の間に、両親の仕事の都合でイギリスの学校に転校をした。イギリス人ばかりが通う学校で、言語も通じず、教室で泣いてばかりいた。しかし、日本語を学習するための補習校に毎週土曜日行くと、気持ちが晴れ晴れとした。意思疎通ができる言葉で、同じような経験をした友達と話せると、心を解放できた。

 幼少期の私と、ウクライナ避難民の方が抱える重荷は全く異なる。だが、見知らぬ異国の地で不安が多い中、同郷の人同士で集えるのは、人々の心に灯火を与えてくれる。私たちADRA Japanは、ウクライナ避難民の方たちに、小さくも強い心の火をともし続けてこられたのかもしれない。

(文責:細見 真菜)

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