「家族を守りたい」──突然の爆発と、支えられた再出発

ウクライナの人々が戦禍にさらされてから、3年以上の月日が流れました。
それでも、日々の暮らしが平穏に戻ることはなく、人々は今も、緊張と不安の中で生活を続けています。

ADRA Japanでは、こうした厳しい状況にある人々を支えるため、「現金給付支援」を継続しています。


今回は、前回に引き続き、この支援を受けた一人の女性、ヴィクトリアさん(仮名)の物語をご紹介します。

ヴィクトリアさんは、夫と9歳の息子とともに、ウクライナ中部の街・ドニプロで暮らしています。
すぐ近くには義母が住んでいて、家族みんなで助け合いながら生活していました。

しかし、あの夜、すべてが一変しました──。

いつものように鳴り響いた空襲警報。
けれど、その日はなぜか警報が長く続き、胸騒ぎがしました。
その直後、突然大きな爆音が響き渡りました。
それは、ドローンによって近隣の住宅が爆破された音でした。

爆風の衝撃波は広範囲におよび、ヴィクトリアさんの家と義母の家も、容赦なく破壊されました。

家の中には無数のガラス片が飛び散り、家具や家電も壊れてしまいました。
屋根は大きく崩れ落ち、住める状態ではなくなってしまったのです。

「ショックでした。でも……家族全員、命があった。それだけで感謝でした」

その後、ヴィクトリアさんたちは必死で復旧作業に取り掛かりました。
2軒分の屋根を覆うための特殊なシートを購入し、家の中の修復にも持っていた貯金を注ぎ込みました。

けれど、家が少しずつ元に戻る一方で、生活費が底を尽きていったのです。

そんなある日、息子のクラスメイトのお母さんから、ADRAの現金給付支援のことを聞きました。
藁にもすがる思いで申請をしたヴィクトリアさん。

そして数週間後──
銀行口座には支援金が振り込まれていました。

「まさかこんなに早く支援をいただけるとは思っていませんでした。
おかげで光熱費を払うことができ、食料などの生活費もまかなえました。
本当に助かりました」

ヴィクトリアさんは、そう語ります。

ADRAの現金給付がなければ、この困難を乗り越えられなかったかもしれません。
この支援は、彼女とその家族にとって、命と暮らしを守る「再出発の一歩」となったのです。

ADRA Japanは、(特活)ジャパン・プラットフォーム(JPF)の助成と、皆さまからの温かいご寄付により、これまで約3,000人以上の方々に現金給付支援を届けてきました。

ウクライナのひまわり畑

皆さまの想いが、支援を必要とする人々の心と暮らしを、そっと、力強く支えてくださっています。心より、感謝申し上げます。

あわせて読みたい
あなたの7,000円が、戦争で傷ついた母娘(おやこ)の“笑顔”を取り戻します 2026年2月24日で、ウクライナ危機は丸4年を迎えます。衝撃的なニュースが世界中に広がった日から、すでにこれほどの時間が経ってしまいました。ウクライナでは、今もた...
✉️ まずはメルマガ登録でADRAと世界の情勢を知る
目次