被災した村、立ち直った村|アフガニスタン地震の現場から~part4~

こんにちは。アドラ・ジャパンの永井温子です。
アフガニスタンに想いを寄せる4通目のブログです。今日もお読みいただき、ありがとうございます。

ムハンマド・アミンさんは、ご自身の村の被害について語ります。

「わたしの村では119人が亡くなり、95人が負傷しました。62軒の家が倒壊し、人々は畑や野原にテントを張り、青空の下で暮らしています。大きな支援は届かず、わずかなビスケットを受け取っただけです。」

私たちアドラ・ジャパンを含む世界の各アドラ支部も、なんとか希望を届けられるよう、支援の呼びかけに奔走しています。

一方、2年前に、同じアフガニスタンの西部で、地震によって壊滅的な被害を受けたヘラート県の村から、ほっとするニュースも届いたのでおしらせします。

こちらの写真は、2023年の地震で壊滅的な被害を受けたヘラート県の村のビフォー・アフター。支援で届けることができた災害に強い右の家で、出稼ぎ中の父親を安心して待てるようになった家族です。(写真には映っていない高齢の方、女性も一緒に暮らしています)

アドラでは、シェルター建設のほかにも、村人からなる防災委員会を立ち上げ、防災キットを配付し、研修にも取り組みました。この村は最近、洪水に見舞われたそうですが、シャベルなどの防災キットを使って水の逃げ道を作り、村人は自分たちの手で、人々の命と家を守ることができたそうです。

「振り返ってみると、この防災プロジェクトは私たちの災害への考え方を根本的に変えました。“災害を恐れるだけでなく、備えることができる”という考え方を私たちに根付かせました。今では村の皆が“次に災害が来ても家族と村を守れる”という自信を持っています」

ここまでの道のりには、地域に寄り添い続ける支援と時間が必要でした。

それでも人々がすべてを失ったと感じていたところから立ち直った事実は、今、起きたばかりの災害の中、打ちのめされている人々にとっても希望となります。

まずは緊急のニーズである、衣食住を満たすことが喫緊の課題ではありますが、「自分たちも立ち直れる」と人々が感じられるまで、人々に寄り添い続けたいと考えています。

次回、「アフガニスタンの現場から」最終回のブログでは、皆さまと一緒にできる取り組みをご紹介します。

今回も、最後までお読みいただきありがとうございました。
最終回、ぜひまたお会いしましょう。

アドラ・ジャパン
永井温子

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