花火

 いつもADRAへの温かいご支援をありがとうございます。 これまでウクライナでの活動紹介や裨益者の声を皆様に届けて参りましたが、今回は感謝の気持ちとともにこれから寒い季節に入る”今”の現地の人々への想いを皆さまと共有したく筆を認めました。

 東ヨーロッパの冬は暗い。

 2022年、私が人生で初めてスロバキアの地を踏んだのはクリスマスを目前に控えた12月13日のことだった。ウクライナ人道支援事業の管理のために現地責任者として赴任した。

 冬の間、当地では日の出が午前8時前後、夕方4時には日が傾く。当時を思い返しても、冬晴れよりどんよりと曇った寒空の記憶が蘇ってくる。夜が長いからか、この時期は外に出るのも億劫になり、気持ちが塞ぎがちになる。冬空の下に広がる旧共産主義の名残をくっきりと残した灰色の集合住宅を眺めていると、より一層気持ちが沈んだ。

スロバキア・ブラチスラバ 自宅からの景色(2023年1月)

 赴任して間もなく迎えた2022-23年の年越し。ヨーロッパのクリスマス休暇はどこもかしこも休業で、現地の同僚の忠告通りに私は食材を買い込み、年末年始は自宅に籠った。隣国ウクライナでは戦争が続いている。そんな中、ウクライナとの国境から550 kmほど離れた同国首都ブラチスラバで耳にした新年を祝う花火の音に恐怖を覚えた。花火の音でこうした感情を抱いたのは初めてだった。つい数か月前に戦火を逃れてスロバキアに避難してきたウクライナの人々の耳に、この花火の音はどう響いたのだろうか。

ブラチスラバで新年を祝う花火(The Slovak Spectator

 今年の9月に入り、ABC NewsやWashington Postではウクライナ国内での夜間の空襲・ドローン攻撃が増えていることが報じられている。

「今夜も何が起こるか分からない」

 心に不安を抱えたまま床に就く夜はどれほど長く感じるのか。きっと東ヨーロッパの冬の夜空よりもずっと深く暗い気持ちになるだろう。

 今年7月から開始したADRAのウクライナ支援事業では、人々の心のケアをするためにオンラインカウンセリングを提供している。8月の現地レポートでは、相談内容に『不眠症』『不安の増大』『恐怖』などのトピックが多いという報告を受けた。これから日照時間が短くなり、夏の間に生い茂った緑も一変、色の無い季節に突入する。心の安寧のためには自分一人の力だけでどうにかする必要はない。当事業では、心の支援についても適切な案内ができるよう、地域の行政職員やボランティアのトレーニングを実施してきた。これらの支援がこの長い冬を越すウクライナの人々の支えに繋がることを祈るばかりだ。

2024年7月からロシア軍のウクライナ侵攻軍事作戦の対象となっているドネツク州西部ポヴロスク。破壊された橋を横切る男性(2025年1月)
(NPR, Ukrainian soldiers and shopkeepers hold on as Russia’s siege of Pokrovsk tightens)

 戦後80年を迎える今年、「空襲の夜を思い出すので、今でも花火は見られません」と語る93歳の長岡空襲経験者 平澤甚九郎さんの記事を読んだ。1945年8月1日の米軍B29爆撃機による水戸・富山・八王子・長岡での無差別空爆は、『ニューヨークタイムズ』で「世界史上最大の空襲」と記された。約1時間40分ほどの爆撃で、平澤さんの住んでいた長岡の街の8割が焼失した。平澤さんはこの夜、小高い丘の山寺に逃げ込んで生き延びた。

 今年も8月1日の長岡の空には、空襲が始まった午後10時半に合わせて3発の花火「白菊」が打ち上げられた。花火に寄せる想いは人それぞれである。いつか、世界中の人が花火を見て明るい気持ちになれる日が来るだろうか。この記事を書いている2025年10月22日にも、キーウを中心としたロシア軍による夜間の弾道ミサイル攻撃のニュースが伝えられた。

2025年10月22日の夜間の攻撃で燃え上がる住宅(ザポリージャ)
The Kyiv Independent, 2025/10/22
 

文責:高橋睦美

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