「ツバメほろほろ」

雲一つない浅青の空を見上げる。まるで春の到来を喜び勇んでいるかの様に縦横無尽と舞い踊るツバメ達。渡り鳥である彼らは、出産のために東南アジアやオーストラリアから数千キロという長い距離を移動する。土の匂いに混ざり、青々とした暖かい草の香りを纏った風を私達へ届けに来た。目の前にいる君は、一体どこの国からやって来たのだろうか。そんなことを思いながら、艶やかな黒色の体に不釣り合いなハイコントラストの首元に自然と視線が向く。

巣作りに大忙しなツバメ

川沿いに真っ直ぐ立ち並ぶ灰白色の桜が人々の足を止める。亜麻色の整えられた前髪から思わずデコが見え隠れする様な風が吹き、花びらが空へと舞い散る。水面にできた花筏を背に、人々がスマートフォンのシャッターを切る。ツバメ達はそんな物には目もくれず、どこかから泥や草を集め、銀黒の能登瓦を葺いた、優に40坪は超えるであろう家屋の軒下でせっせと巣作りに勤しんでいた。

昨年の今頃、穴水事務所には連日のように小さなお客さんが訪れていた。私たちは、その猫の事をちゃーさんと呼んでいた。少しやせ細り温柔敦厚な茶色いトラ猫の彼は、何をするわけでもなく、ただじっと事務所に出入りする人々を眺めていた。

少し遠いところから事務所を眺めるちゃーさん

実は小さなお客さんというのは、ちゃーさんだけではなかった。彼が初めて事務所を訪れるよりも少し前に、そのお客さんはいた。非常に短い期間ではあったが、毎日事務所に顔を出し、ホワイトボードの上から私達を眺めて、2匹でチュカチュカと鳴きながら会話をしていた。

スタッフを眺めるツバメ達

毎日事務所を訪れるツバメ達ではあったが、ちゃーさんとは違い、2匹の判別がつかなかったため名前はつけていない。日が経つにつれて、スタッフが近くを通っても逃げなくなっていったので同じペアが顔を出していたのだと思う。クリクリとしたビー玉よりも二回り小さい丸い瞳に首を傾げる姿は、愛おしさを感じさせる。

残念ながら彼らが事務所に巣を作ることはなかったが、その姿は私達に癒しを与えてくれた。どこか別の場所に巣を作り、ヒナを育て、九州や沖縄を経由し、暖かい南国へと旅立って行ったのであろう。

ツバメは帰巣本能がある。能登半島で産まれた子は、条件が良ければ約半数がまた同じ場所に戻ってくるそうだ。そして、4月に入り、日本に春を告げるため彼らはまた穴水町に帰ってきた。駅前には、長い旅路を経て、巣作りに勤しむツバメで溢れている。後1か月もしたらヒナ達が寄り添いながら肩を並べ、親鳥の帰りを待つ姿を見る事ができるだろう。

1年ぶりの穴水町を見て、彼らは何を感じたのだろう。懐かしさか、はたまた隔世之感か。家屋の解体作業が進み、町の様子は去年と比べて様変わりした。上空から眺めると、更地の多さに驚くかもしれない。しかし、一方では新たに住居が建ち始めている。今年産まれる子らにとっての故郷になるかもしれない。そんなことを考えながら、来年の再会を心待ちにした。今日も穴水には、ツバメの囀りが響き渡る。

(文責:三牧 晋之介)

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
目次