
いつも温かいご支援をいただき、ありがとうございます。
2026年6月3日(水)、オンラインイベント「物だけでは守れない命の話~福島の経験を胸に、能登の支援現場で見つめた備え~」を開催しました。
今年は、東日本大震災から15年、能登半島地震から2年という節目の年でもあり、当日は様々なご年齢・ご職業・立場の方51名にご参加いただきました。
本イベントに関心をお寄せいただいた皆さまに、心より感謝申し上げます。

実体験として、食料や水などの備蓄や支援物資だけでは救えなかった命がありました
今回のテーマは「つながりの大切さ」でした。
まず冒頭で、発表者の私(福島県飯舘村出身)がタイトルに込めた思いをお話しました。
福島での家族の被災経験、そして能登半島地震での支援活動を通して見えてきたのは、「日常の中で人と人がつながりをつくり、深め、続けることこそが、災害時の大きな支えになる」ということでした。
そして、「災害関連死」(建物の倒壊や津波などによる直接的な被害によるものではなく、災害後の避難生活における心身の悪化や孤立などが要因で亡くなること)という問題と向き合うようになったこともお伝えしました。

発表の前半では、能登での支援活動と、支援者同士のつながりが活きた事例について話しました。
その中で紹介したのが、複数の困りごとを抱えていた高齢ご夫婦の事例です。
行政との関係の悪化、経済的な不安、住環境の悪化、社会的な孤立、認知症の進行など、様々な課題が重なっていました。ご主人は他者の介入を拒否し、相談相手がいない状態でした。

こうした状況に対し、社会福祉協議会・民生委員・NPOなどの複数の支援者がそれぞれ単体ではなく連携しながら働きかけたり、ご夫婦の価値観やペースを尊重したりしながら、信頼関係を築いてきました。
その結果、仮設住宅への入居や公的制度の利用などの話ができるようになり、生活の見通しが少しずつ整っていったことを説明しました。
一方で、家族同士のつながりが十分ではなかった事例として、私自身の家族の経験も紹介しました。
東日本大震災後、家族は約7年間にわたり、みなし仮設住宅での避難生活を続けました。その間、外部から状況が見えにくく、家族内での支え合いも弱まり、周囲が心身の変化に気づきにくい環境でした。
その結果、みなし仮設住宅での避難生活中に、祖父母と母の3人が相次いで亡くなるという出来事がありました。
こうした経験は決して特別な事例ではなく、災害時には身近に起こりうる課題として共有しました。
イベント後半では、災害時の自助・共助につながる日常の備えとして、次のような小さな一歩を紹介し、発表を終えました。
・イベントやボランティアに参加する
・小さな役割を持ち、周りの人と気軽に相談し合える関係をつくる
・気がかりな人に定期的に連絡をとる など
イベントを通してお伝えしたことは “つながりの大切さ” でした。
つながりをつくること、つながりを深めること、そしてつながりを続けていくことです。
災害は、いつ、どこで、誰に起きるかわかりません。日常の中の小さなつながりが、自分と誰かの命を守る力になります。
今回のイベントが、皆さんの「備え」を見つめ直すきっかけとなれば幸いです。
改めて、ご参加くださった皆さまに、心より感謝申し上げます。
(国内事業課 大澤 明浩)

