
東京で3.11の震災に遭った中川さんは、東北の甚大な被災状況を知り、ADRA Japanのボランティアに参加しました。
その後、ウクライナの人道危機をきっかけに、長く支援に関わっていきたいという思いから、ADRAフレンドとして応援してくださっています。
ボランティアの経験が原点となり、寄付を続ける中川さんの思いについてお聞きしました。
「いてもたってもいられなかった」あの日の記憶が、支援の原点
2011年3月11日。
あの日、中川さんは東京で震災に遭いました。余震が続く日々の中、奥様と小さなお子さんは、奥様のご実家に避難。
しかし、日を追うごとに明らかになる被害や原発事故のニュースに触れる中で、「いてもたってもいられない」という衝動が中川さんを突き動かしました。
この想いを家族も受け止めてくれ、中川さんは長期休暇を取ってボランティアに参加し被災地へ向かうことを決意。
そのコンタクトをとった先がADRA Japanでした。

「小さくても、長く」寄り添い続けたい
東日本大震災のボランティアの後も頭の片隅にADRA Japanのことが残っていたという中川さん。
仕事が多忙を極める中、ボランティアのような活動に参加をすることは難しい。
それでも「小さく関わっていけたら」と選んだのは、ADRAフレンドという継続寄付でした。
「ADRAフレンド誕生のきっかけを聞いた時に共感をもち、大きな災害のたびに寄付をするよりも、小さくても長く続ける支援がいいと思いました。」
と中川さんは語ります。

父としてわが子に伝えたいこと
3人の子どもを持つ父親として、ADRA Japanの活動を伝えたいと思っている中川さん。ADRA Japanから送られてくる年次報告書を子どもにも見せており、こういう世界があるというのを知ってもらい、興味を持つ子に育ってもらいたいと言います。

最後に
ADRA Japanの活動は、中川さんのように継続的に支援してくださる方々に支えられています。
ADRA Japanと一緒に、希望とちからを手から手へと渡してくださる方を、常時募集しています。下記のページよりご登録いただけましたら嬉しいです。
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