
口の中に、カルダモンとシナモンの香りが広がった。同時に鼻を抜けるレモンの匂いも心地よい。私はダッカの食堂にいた。
2024年10月、仕事で初めてバングラデシュにやってきた。到着1週目の木曜日、ようやく一人で夕食に出る時間がとれた。当地滞在中、現地スタッフと一緒にしかご飯を食べていなかったため、一人で外出しご飯を食べるという行為にワクワクしている自分がいた。
ホテルのフロントで「ローカルレストランでビリヤニが食べたいんだけど、お勧めはある?」と聞くと、少し怪訝な顔をしながら近所の店を教えてくれた。ビリヤニとは、チキンとスパイスを煮込んだ、いわばバングラデシュの炊き込みご飯である。恐らくこのホテルに泊まる外国人客がローカルレストランについて聞くことはほぼないのだろう。
「うちのレストランでも食べられるけど?」と不思議そうに続けるスタッフに、「それは知ってはいるけれど、外に出たくて」と言い残し、私はダッカの喧騒に飛び込んだ。道端では、茶と噛みたばこを売るスタンドに仕事終わりの一服なのか、労働者風の男たちが集まっていた。
ホテルから徒歩10分ほどの店でビリヤニを注文した。スタッフの若いお兄さん2人と店長とみられる貫禄のあるおじさん以外、客は私だけだった。出てきたビリヤニの米の量に驚いた。ご飯茶碗3杯分はありそうだ。ゆで卵ときゅうり、レモンが添えられていた。
「チキンビリヤニなのにチキンが入ってないではないか!」と思ってスプーンでご飯を崩すと、コメの中からスパイスでホロホロに煮込まれたチキンが出てきた。旨い。腹十一分目まで食べた気分になった。一緒に炊き込まれたレーズンの優しい甘い香りが時折鼻の奥に広がる。少し重く感じたところで、添えられたきゅうりをかじると、これがまた程よく口の中を爽やかにしてくれた。
ビリヤニを平らげた皿にシナモンとカルダモンの欠片だけ残し、私は店を後にし、ダッカの喧騒に吸い込まれていった。湿り気を帯びた空気が、どこからかスパイスの匂いを運んでいた。

文責:高橋睦美