「目も心も見開いて」戦争を体験したADRAスタッフ祖母が生前に残したメッセージ

78年前の今日(8月15日)、正午からラジオで流された玉音放送で日本国民は終戦を知らされました。その前日、日本はポツダム宣言を受諾し、降伏したのです。国民はラジオから流れてくる昭和天皇のアナウンスによって、その事実を聞かされました。

あるADRAスタッフが、当時6年生だった32年前の8月に祖母からもらった手紙には、その時のことがこう記されていました。

「(前略)とうとう広島と長崎に原子爆弾がおとされ、その恐ろしい有様に昭和天皇もついに降伏を決意されました。その御言葉の放送を、疎開先で涙でききました。

まるで魂がぬけた様でしたが、反面とにかく空襲がもうないのだと、空襲の目印にならぬ様、電灯にかけてあった黒い布をとった夜、電灯だけが妙に明るく、ぼうぜんとした目にまぶしかったのを昨日のことのように覚えています。」

同じ手紙には、自分も竹やりの訓練を受けたこと、同級の男子学生が次々と招集されていったこと、兄が戦死したこと、その時の悲しみは50年経っても胸が締め付けられるほどであること、母親が88歳で亡くなるまで、戦死した息子を思って涙を流さぬ日はなかったことなども書かれていました。

そしてその手紙はこう締めくくられています。

「50年前の悪夢のような時代を思うにつれ、平和の尊さをつくづく思います。現代の若い人たちが、嬉々として学び遊ぶ姿のかげには、おぢいちゃん、おばあちゃん達の年代の多くの人々が、お国のために進んで死んでいった事柄があります。

その人々の死を犬死とせぬよう、あつこ(スタッフの名前)達若い人々が、目も心もしっかり見開いて世界中のことを良く知り、世界中の人たちと良く心を通い合わせ、仲良く交り、平和な地球が保たれますことを念じてやみません」

残念ながら、今も世界で戦争は続き、平和な地球とはとても言えない状態です。ですがこの手紙にあるように、世界のことを知ろうと行動し、心を通わせ、交わろうとすることは、私たち一人ひとりにできることではないでしょうか。

ADRAは、心からの平和への願いを込め、8月24日にウクライナの方とZOOMをつなぎ、直接お話を伺う、第3回ウクライナデー「星に願いをかけるなら」をオンライン開催いたします。

戦争がある現実を今一度考えたい方、平和のために何かしたいと感じている方など、皆さまのご参加をお待ちしております。

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