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スーダン南部難民支援プロジェクト・現地レポート

一時滞在センターの「Twenty four」:センターはこんなところ。の巻。

01/08/07 千葉あずさ

ADRAが運営している「一時滞在センター」は、帰還民が遠路エチオピアからやってきて、スーダンに入り、一番初めに泊まる場所です。
ここで登録を行い、
長旅の疲れを癒し、
故郷と家族を夢に見て、
それを翌日現実にする場所。

それでは、一時滞在センターの「Twenty-four」を追ってみましょう。

一日目
第一ステージ:11:00.
UNHCRエチオピア、ガンベラオフィスから「難民バスの車両集団がただ今ガンベラを通過。Pagak到着は3時間後を予定」と衛星電話で連絡が入る。
スタッフが14:00受け入れを目指し、準備に追われる。
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第二ステージ:14:00
バスが国境を越えたことを確認。ラジオで一時滞在センターに連絡し、スタッフ全員が持ち場に待機。
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第三ステージ:14:20
一台ずつバスを敷地内に入れ、スタッフが乗客数確認。乗客名簿と同人数がPagakに到着したことを確認。
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第四ステージ:14:50
人数確認が終わったら、UNHCRエチオピアが持ってきた乗客名簿にUNHCRスーダンとPagak行政がサイン。
これで正式に彼らはエチオピアからスーダンに引き渡されたことに。
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第五ステージ:15:00
ウェルカムスピーチ。バスから降り、荷物を受け取った帰還民達に、「スーダン帰還、おめでとう」と行政からスピーチをもらい、その後ADRAスタッフが「一時滞在センターのルール」「今日と明日の予定」を説明。
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第六ステージ:15:15
帰還民登録。登録スタッフが家族毎に名前、性別、出身地、目的地などを全部記録していきます。
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第七ステージ:17:00
地雷回避教育。教育スタッフが地域周辺で危険な場所について情報を与え、また基本的な地雷教育を行います。
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第八ステージ:18:00
夕ご飯。配給スタッフとコックが準備。メニューはWFPから配給されているソルガム(雑穀)のソバガキ、レンズ豆ソース添え。
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第九ステージ:20:00
皆思い思いに休憩したり、歓談したり、水浴びしたり。自分たちで持ってきたお茶を沸かして飲んでる人達も。
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第十ステージ:22:00
消灯。明日見る故郷を夢みて、皆寝静まります。夜警は寝ずの番。
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二日目
第十一ステージ:7:00
朝食。配給スタッフとコックが準備。朝食を配ります。
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第十二ステージ:7:00
食糧配布準備。マネージメント(私)から指示された量のWFP食糧を、倉庫管理スタッフが倉庫から出してきて、配給スタッフに引渡します。
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第十三ステージ:9:00
食糧配布開始。1人あたり3か月分の食糧を、配給スタッフが他スタッフ達のサポートの下、配っていきます。
同時に日用品の配布も開始。持たざる者たちが両手に抱えられないほどの物を得る瞬間。
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第十四ステージ:13:00
帰還開始。帰還民の最終目的地まで輸送を始めます。フィールドモニターとコミュニティサービスアシスタントが同行し、彼らが無事に「実家」に戻るお手伝いをします。
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とまぁ、これを毎週3回、6日間、フル稼働で3ヶ月間繰り返していたわけです。

上記のモデルケースのようにスムーズにいけば簡単ですが、
パンクや事故でバスの到着が遅くなって、日も沈む夕方18時に550人が到着し、登録が終わるのが夜22時になったり。
最終目的地までの道路が雨で不通になって、750人の帰還民が10日間も滞在センターに足止めを喰らったり。
(これは中規模小学校の全校生徒数と同等。ADRA小学校の校長先生になった感じ。)
急患が夜中に発生したり。
妊婦が赤ちゃん産んだり。
輸送用トラックの故障が相次いだり。
よくもまぁネタが尽きないと思うほど、悩みのタネは多かったわけですが。

こうしてADRAは、3月から5月の約3ヶ月間で、約7,000人のスーダン「難民」を「帰還民」にし、母国に帰しました。

【スーダン便りvol.14 了】
Written by 千葉あずさ

 

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