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スーダン南部難民支援プロジェクト・現地レポート

★この人たちが戻ってきます。の巻。

By Azusa Chiba

スーダンの内戦により、約8万人もの人たちがエチオピアに逃げてきました。
そして、彼らは今も難民キャンプに、10年以上、住んでいます。

つまり、10歳以下の子供たちは、スーダンで過ごしたことがありません。
また10年前の生家に戻ろうとしたところで、自分の家が一体どうなっているのか、誰かが勝手に住み始めていたらどうしたらいいのか、皆、わかりません。


荒廃したスーダンでは、まだ学校施設も病院も整っていません。

戻ってマラリアにかかったら、キャンプにいたら治せるのに、スーダンでは薬がなくて死んでしまうかもしれない。

せっかくキャンプの学校で勉強が楽しくなってきたのに、スーダンに戻ったら自分より英語の話せない先生しか、いないかもしれない。

それでも、皆、戻りたいと言っています。
戻れることに、歓喜しています。
誰かに頼って生きるのではなく、
自分の土地、自分の仕事で、人生を生きたいと。
「尊厳」という言葉を、強くかみ締めた瞬間でした。

帰還1

エチオピア、ガンベラ州には3つの難民キャンプが点在しています。

実は難民キャンプへの道はエチオピア人盗賊が多く、治安が悪いのです。

ADRAが迎え入れるヌエール人が多く住む、エチオピア最大の難民キャンプ、プニュドゥ(Punyudo)へは、週2回、月金の朝6時から夜6時までしか通行できません。

さらに、行く4日前までに政府に届け出をだし、当日エチオピア兵士が等間隔で護衛する中、必ず2台以上の集団で移動。とても簡単には行けません。他のキャンプも同じような状況です。

このような中、UNHCRガンベラオフィスの特別な計らいで、ガンベラ市から36キロ東にある、ボンガ・キャンプを訪れる機会を得ました。

集落

ここはパガック?

いえいえ、これがボンガ難民キャンプです。

ほとんどパガックと同じくらいの規模の人工集落。

難民達は自分たちでTuklという小屋を建てて生活しています。

UNHCRがキャンプ運営を監修し、WFPが毎月食料を配給、他UN,NGOがクリニックや学校、職業訓練を行っています。

集落2

説明会

ボンガキャンプの人たちは、2006年12月13日より、500名ずつ、バスに乗ってスーダンに戻ってきます。

彼らはクルムク(Kurmuku)という北の方の国境町を通過していくグループです。

今日はその説明会。

2000人以上の老若男女が一同に会し、

熱心に帰還計画に聞き入る様は、圧巻でした。

説明会2

ただし、いくら尊厳があっても。仕事がなく、生活が出来ず、泣く泣くキャンプに戻ってきてしまう場合もあるそうです。実際、過去数年、このような理由で出戻りしてきたケースが多くあるとか。

スーダン難民が自分達でしっかり地に足つけて生活できるために、ADRAが出来ることはなんでしょうか?

大きなことは出来ません。Do No Harmで小さなことから始めましょう。ADRA Japanでは、難民一次滞在センターの建設に際し、難民キャンプで建築訓練を受けた帰還民を優先して契約を結んでいます。元スーダン難民で現在建築専門家として活躍するスーダン人を雇い、帰還民のさらなる技術の向上チャンスを図っています。

会議

ZOA

ボンガキャンプではオランダのNGO、”ZOA”が、

職業訓練の一環として、

織物、溶接業、竹細工家具の指導を行っています。

ADRA JapanはZOAとの協力の下、

一次滞在所とADRAオフィス用に、

スーダン難民の作った

竹細工家具31点の購入を決定。

竹細工

帰還民支援のためにJapan Platform, UNHCRからもらった資金を、なるべく直接帰還民に還元できるように努めています。

小さなことから始めよう。

このように、ADRAJapanはスーダン南部で事業を続けます。

 

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