NPO法人 アドラ・ジャパン ADRA Japan
South Sudan Rebuilding Livelihoods of Returnees
南スーダン / 帰還民生活再建支援事業

2. 事業概要

~難民キャンプから祖国への帰還~

紛争中に避難した多くの人々は、国内の避難所や国境を接する各国の難民キャンプに散らばり生活を送っていました。紛争が終わった直後の2005年の時点で、国内で避難生活を送っていた人は約400万人、国外の難民キャンプに避難していた人は約42万人。戦後まもないスーダン南部地域にはまだ多くの地雷が埋まっており、整備された道路も少なく、安全な水などを確保できる場所も限られていました。こうした中、人々が安全に故郷の村へ帰還できるように、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)を中心に組織的帰還計画が提示され、帰還ルートが決められました。

ADRA Japanは、2006年にスーダン南部地域に入り、UNHCRなど関係機関と協議の末、エチオピアからの帰還ルート上であるパガックとナシールに一時滞在センター(Way Station)と呼ばれる休憩所の設置・運営をすることになりました。バスや飛行機で到着した帰還民をセンターに受け入れ、帰還登録・地雷回避教育・食糧及び生活物資配布をおこない、最終目的地の村までトラックやボートで帰還民を送り届ける支援をおこないました。2007年~2009年の3年間で8,000人以上の帰還民を受け入れています。

 

~地に足をつけた生活、そして復興へ~

パガックやナシールのあるアッパーナイル州は、90年代に特に戦闘が激しかった地域で、インフラが破壊され尽くしていることに加え、6ヶ月間も続く雨季にはあたりは湿地帯となり移動が困難になります。整備された道路がないため、雨季には市場で手に入る食料や生活用品の数と種類も制限されます。十分な学校や医療施設どころか井戸も十分になく、川の水を生活用水として用いる人々も沢山います。食糧や生活物資が支給され、教育機会が提供され、安全が確保されていた難民キャンプを離れ、荒野の南スーダンへ帰るという大きな決断をした人々が、新たな生活を始めています。ADRAは、帰還した人々が生活を建て直すことができるよう、一時滞在センターの運営に加え、帰還民や地元コミュニティーを対象に生活再建支援もおこなっています。2008年にはパガックで学校給食支援を開始し、ナシール周辺では学校や診療所を建設しました。2009年にはパガックで農業・技能訓練、ナシールではHIV/AIDS啓発活動も始めました。

2011年も引き続き、パガックでは学校給食支援と農業・技能訓練、ナシールではHIV/AIDS啓発活動と衛生環境改善支援を実施していきます。故郷に戻り新たな生活を築き始めた人々が、国際社会からの支援だけに頼らず自立した生活を送ることができるよう、ADRAはこれからも必要な技能や知識を習得する機会を提供していきます。


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【活動一覧】

 

 

パガック

ナシール

2006年

帰還民受け入れ

帰還民受け入れ

2007年

2008年

帰還民受け入れ、識字教育、学校給食

帰還民受け入れ、小学校2校・診療所1棟建設

2009年

帰還民受け入れ、識字教育、陶芸トレーニング、農業トレーニング、学校給食

帰還民受け入れ、HIV/AIDS教育啓発(トレーニング、啓発活動、リソースセンター)

2010年

農業トレーニング、洋裁トレーニング、食品加工トレーニング、学校給食

HIV/AIDS教育(トレーニング、啓発活動、リソースセンター)、衛生環境改善(トレーニング、啓発活動、クリーンアップデー)

2011年

農業トレーニング、洋裁トレーニング、食品加工トレーニング、学校給食

HIV/AIDS教育(トレーニング、啓発活動、リソースセンター)、VCTセンター運営、衛生環境改善(トレーニング、啓発活動、クリーンアップデー、公共トイレ建設)

 

【ADRA Japan南スーダン事業のパートナー/ドナー紹介】

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2011.08.11更新
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