ADRA日本支部はジャパン・プラットフォームとUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の資金協力を受けて、スーダン南部のアッパーナイル州で、帰還民を支援するための「一時滞在センター」を設置・運営する事業を開始しました。エチオピアには、約8万人のスーダン難民が登録されており、その多くがガンベラ周辺に滞在しています。ADRA日本支部はエチオピアとの国境に接しているバガックとナシールに滞在センターを設置し、運営していきます。滞在センターでは、帰還民の登録、数日間の宿泊の確保、食糧・生活用品の配布などを提供し、帰還民が安全に自分達の故郷に帰るサポートをします。現在、日本人スタッフ2名が現地に滞在し、関係機関と調整を取りながら、事業を進めています。
スーダンに到着して約1ヶ月が過ぎました。こちらは雨季になり、日本の夏のように蒸し暑く、数日ごとに大粒の雨が降ります。雨が降ると粘土質の土壌はぬかるみとなり、人々は靴を脱ぎ、荷物を頭の上に乗せ、はだしで慎重に歩いて行きます。広大なスーダンの大地には、まだ日本のように整備された道路はなく、電気や水道などの設備も整っていません。日本の日常生活がいかに恵まれていたのかを再認識しました。スーダンでは、南北の和平合意が2005年に締結されて以来、戦火を逃れて20年以上にわたって故郷を離れていた約400万人以上の人々が帰還をするといわれています。現場で働くADRAの現地スタッフの多くも、15年ぶり、20年ぶり、生まれて初めて故郷に帰ってきたスーダン帰還民。「紛争中はエチオピアにも逃げたし、その後、ザンビア、南アフリカ、カナダなど、友達を頼っていろいろなところに行ったよ。今はこうして帰って来られて本当に嬉しいよ。」と、笑顔で話してくれました。
スーダンでは子ども達の笑顔に癒されながら、また、自分達の国の発展のために活動をしているスタッフ達と協力しながら、出来ることを最大限におこないたいと思っています。(報告:了戒紗世)
支援活動に従事している多くのスタッフはスーダン人。15年ぶり、20年ぶり、生まれて初めてふるさとに帰ってきたスーダン難民達。今日はADRA Sudanのスタッフと話をしていたらその半数は難民で最近マラカルに帰還したらしい。
「僕はパガークの周辺の出身なんだ。戦争でエチオピアにも逃げたし、その後、カナダ、ザンビア、南部アフリカ、友達を頼っていろいろなところに行ったよ。今はこうして帰ってこれて本当に嬉しいよ」
「私は生まれて初めて母の故郷のマラカルに戻ってきたの!今まではハルツームで学校の先生をしていたけれどもこうして戻ってこれて嬉しいわ!土地がもらえたら家を建てて親戚や家族も呼び戻したいわ」今まで難民として育ったので、アラビア語を勉強しているスーダン人もいます。皆に共通しているのは、自分達のふるさとに誇りを持ち少しでも自分の国を良くしようというやる気です。彼らを見ていると、少しでも多くの人がスーダンに戻ってこれるといいなぁと思います。(報告:了戒紗世)