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Laos Agricultural Development

ラオス 農業開発支援事業 事業地だより vol.3


 


◆ ラオス政府と覚書を結び、いよいよ事業開始!

2009.4.25

 
2009年4月9日。こちらではラオス正月を翌週に控え、ルアンナムターの街でも日本の師走のようなちょっとソワソワした雰囲気の中、新規事業のMOU(ラオス政府との覚書)の調印式が、とりおこなわれました。この調印文書をもって、ルアンナムター県ロン郡での事業開始がようやく正式に承認されたこととなります。ADRAがMOUをラオス政府に最初に提出してから、約1年と4ヶ月。ここまで長い道のりでした。

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事業開始まで時間がかかったのは、いくつかの理由があります。昨今、ますます多くの海外からのドナー・NGOから事業が提案され、施行に移されるようになり、その一つ一つの審議に中央省庁の人員がなかなか追いつかないため、ADRAの事業でもMOU手続きに時間を要した、ということが理由の一つ。しかし、それ以上に、ラオスの、それも北部ルアンナムター県の県都から車でさらに約4時間かかりようやく辿りつく、ロン郡という少数民族が多い山間地の村で、これまで伝統的に続けられてきた焼畑に代わる新しい農業導入のお手伝いをする、というこの事業。事業内容そのものは、決して一朝一夕に作り上げられるものではなく、実際に何度も村に出向いて村の人たちに話を聞き、また、関係者の多くの人たちとの討論、意見交換をすることが必要であった。それが、最大の理由だったと思います。

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経済的な指標から見れば、おそらく、世界でもかなり下に位置するラオスの北部地域では、伝統的に焼畑が行なわれてきました。焼畑については様々な議論がありますが、一般に言われているような「自然環境破壊の元凶」というものでは決してありませんでした。一定規模の人口と、植生の回復に足りる耕作面積が保障されていれば、化学肥料や農薬などを一切使わずに、自然のサイクルを巧みに利用しながら豊かな食糧資源を利用し生産できる農業様式であると思います。問題は、現在の世界的な動向と社会的な要因から、昔ながらの焼畑を続けられなくなり、そのために、植生を回復できないままにさらに焼畑を広げざるを得ないというところにあります。決して、現地の村民に非があるわけではありません。
ただ、いずれにしても、これまでの焼畑に代わる、新しい農業のあり方を模索することが急務であることは間違いありません。この問題については、ラオスも国として長年取り組み、悩み続けてきましたが、未だに明確な解決策というものは提示されていません。

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焼畑と一言で言っても、実際は、地域・村・家族ごとに置かれている状況があまりにも多様です。共通項を拾い上げただけの施策では、絵に描いた餅にしかならない。それぞれが置かれている環境で、そこで可能なことを積み上げ、繋いで工夫していく必要があるのです。

その意味では、ADRA JapanがADRA Laosと協働で始めるこの新規事業は、村レベルにしっかりと腰を据えて取り組める、理想的な事業だと確信しています。村民と一緒に悩み、取り組む中で、日本の農業の経験や技術も無理のないカタチで、伝え、共有していけるものと期待しています。僕個人としては、彼らの焼畑の伝統の中に、今の日本が抱える農業の問題へのヒントを見つけたい、とも密かに思っています。

まだまだ、未知のことが多く、解決していかなければならない課題が山積みですが、一歩一歩進んで行きたいと思います。今後もご報告しますので、どうぞ、暖かく見守ってください。

 

(報告:小出一博)

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