
~約12,500食でお腹とココロを満たした癒しの食堂~
宮城県亘理郡山元町は、県南部に位置し、福島県と接する人口約17,000人(高齢者率約33%、震災前情報)の小さな町です。町の面積の約45%が津波・地震被害に遭い、人口の約45%が被災し甚大な被害を受けました。特産物はイチゴ、リンゴ、ホッキ貝、シャコですが、津波被害により、イチゴやホッキ貝、シャコも打撃を受けました。
山元町の震度 6強
| 3月24日 18時現在 | 7月27日現在 | |
| 死者数 | 474人 | 611人 (うち遺体未発見の死亡届13人含む) |
| 行方不明者 | 464人 | 12人 |
| 全壊家屋 | 約2,000棟 | 2,194棟 (うち流出1,013棟) |
| 大規模半壊家屋 | 527棟 | |
| 半壊家屋 | 約500棟 | 504棟 |
| 一部損壊家屋 | 1,075棟 | |
| 避難所数/避難人数 | 9ヶ所/3,440人 | 5ヶ所/187人 |




2011年3月下旬、ADRA Japan は、宮城県全域にわたる被災地調査を行なった際、山元町の状況を知りました。
当時、山元町役場の建物は、地震後の応急危険度判定で「危険」の判定を受けていましたが、仮設役場を建てる場所も確保できていなかったため、そのまま業務を続けていました。また、自ら被災しているにも関わらず24時間体制で勤務を続ける町役場職員は、公の食事配給を受けることができないため、町災害対策本部長の要請で山元町社会福祉協議会(以下社協)が災害対策本部員向けの炊き出しを行なっていました。そのため、災害時の社協の本来業務である「災害ボランティアセンター」の開設・運営などに支障をきたしていました。
町災害対策本部や社協が本来業務(復旧・復興作業)に集中できないと、被災した町民に対しての公助を十分に行なうことができません。こうした問題を解決するため、町及び社協との話し合いの結果、ADRA Japan、は山元町での支援活動を行なうことを決めました。
町からの支援要請を受け、ADRA Japanは、山元町災害対策本部の被災した職員及び県内外からの応援行政職員向けに、毎日3食の炊き出し支援を開始しました。基本的には、ご飯・おかず2品・汁物を提供しながら、役場の外で町の支援物資倉庫を管理している職員のために食事の配達も行ないました。
朝食:7時30分~8時30分
昼食:12時00分~13時30分
夕食:18時00分~20時00分




また、ADRA東京事務所でボランティアを募集し、毎週5~8名のボランティア(延べ109人)を、仙台市や山元町などに派遣しました。



「(食事がきちんと食べられると)職員が安心して仕事ができます。ADRAさんの存在は大きいと思いますよ。スタッフがノウハウをもっているし、組織として動いている点も良い。本当に感謝しています。この町をどうしていくかということについては、新たな発想が必要です。物事に完成はありません。常に進化していくのが私たちであるということを、いつも考えていくことが重要です。たくさんの義援金ももらい、今後どうやって返していけばよいか・・・。私の世代のみではなく、時間がかかっても子供、孫の世代にも恩返ししてもらいたいと思います。感謝の気持ちでいっぱいです。」
(津波で家と奥様を亡くし、アドラ食堂を利用していた職員)
「食堂ができるまではほぼ毎日カップ麺とおにぎりだけだったので、助かりました。」
(女性役場職員)
「週ごとに入れ替わるボランティアさんのバトンリレーも素晴らしかった。」
(男性役場職員)
「おかげで良い仕事ができました。体調管理が大切なので、助かりました。作る人によって味が違うので、食事に飽きず良かったです。」
(男性応援職員)
「メニューも工夫されていて良かったです。グルテン(大豆タンパク)の焼肉がインパクト大でした!」
(男性応援職員)
「野菜がとれたのが嬉しかった」
(女性役場職員)
「疲れてADRA食堂に来るとほっとする。癒されました。」
(男性役場職員)


