NPO法人 アドラ・ジャパン ADRA Japan
Japan Great East Japan Earthquake
~心をひとつに~ 東日本大震災被災者支援事業

2.支援活動

コミュニティ支援

~心をひとつに、仲間・生きがい~

ADRA Japanは、仮設住宅に移られた方々の新しいコミュニティづくりのお手伝いを、山元町役場・社協などと協力して行なっています。

 

1)仮設住宅かき氷祭り

仮設住宅に入居された方々の中には、慣れない環境での生活を強いられてストレスが溜まっている方や、一人暮らしをしていてなかなかご近所とおしゃべりをする機会がない方もいます。 そのような方々が、かき氷祭りを通してストレスから解放されたり、お互いに顔見知りになって話をしたりするきっかけになればと考え、2011年7月~8月、山元町社協、(特活)ACEと協働で「かき氷祭り」を仮設住宅で開催しました。

 

これは、週末ごとにそれぞれの仮設住宅をまわり、かき氷を提供するほか、ヨーヨーや輪投げ、お手玉、折り紙、パッチワークなどのレクリエーションも盛り込んだもので、子どもから高齢者まで皆さんに楽しんでいただきました。

7月30日            旧坂元中跡地仮設住宅 
7月31日            箱根地区仮設住宅 
8月6日              ナガワ地区仮設住宅
8月7日              高瀬西石山原地区仮設住宅
8月27日            町民グラウンド・町民グランド北仮設住宅
8月28日            内手地区仮設住宅

かき氷祭りの開催にあたっては、地元住民の中からボランティアを募り、積極的に関わっていただきました。



2)足湯がやってくる!~ホッと一息 リラックス♪~

山元町には8地区1,038世帯の仮設住宅が完成し、8月のお盆前に全戸の引き渡しが終了しました。ADRA Japanは、2011年8月7日から9月3日まで、「日本財団ROADプロジェクト×青山学院大学災害ボランティアステーション」が協働で行なっている「足湯隊」(足湯ボランティア)の受入れと調整を行ないました。

ADRA Japanは、すでに、6月と7月に山元町社協と協力して、「日本財団ROADプロジェクト足湯隊」を受け入れ、2ヶ所の仮設住宅で「足湯(*)」を実施していました。
その際、住民から「気持ち良かったぁ。また来てねぇ~」という声をたくさんいただいていたので、再度足湯隊を受け入れました。

 

*足湯とは・・・
足のくるぶしまでお湯に浸けて体を暖め、全身の血行を良くし、体内の新陳代謝を高め、老若男女問わずご体験いただける健康法です。発汗作用により体内の老廃物も排出されます。また、足湯を行なう事によって、自律神経が安定し、心身をともにリラックスすることが出来るのも足湯の特徴です。

8月8日~10日:旧坂元中学校跡地仮設住宅
8月11日~12日:箱根地区仮設住宅
8月15日~17日:内手地区仮設住宅
8月18日~19日:高瀬西石山原地区仮設住宅
8月22日~24日:町民グランド地区・町民グランド北地区仮設住宅
8月25日:箱根地区仮設住宅(トロンボーンアンサンブルミニコンサート付)
8月26日:高瀬西石山原地区仮設住宅(トロンボーンアンサンブルミニコンサート付)
8月29日~31日:ナガワ工業団地地区仮設住宅
9月1日~2日:町民グランド地区・町民グランド北地区仮設住宅

初めて足湯を体験される方もいますが、体験された方の多くはその後も何度も来てくださり、常連客になっています。また、足湯を知っている方々は、開始時間前から来てくださるほどです。足をお湯につけている間は、ボランティアとの会話や、手や腕のマッサージなど、リラックスできる空間を提供しました。

「避難所の生活に比べ、近隣とのコミュニケーションを取っていない」「隣にどんな人が住んでいるか分からない」という声や、「やることが無いから、家から出ない」という声も聞こえてきます。



足湯は、子どもから高齢者まで、老若男女問わずどなたにでも利用していただけます。
仮設住宅に移ってから遊び場が少ない子どもたちは、ボランティアの大学生のお兄さん・お姉さんが来ると大喜びで集まってきます。空き時間には、子ども達と一緒に遊んだりもしました。

 

【足湯で聞かれた声(出典:日本財団ROADプロジェクト足湯ボランティア)】

「やっぱりおしゃべりする人がいるのはいいな」
(60代男性)

「足湯があるたんびに来ています。昨日もきました。今朝もきました。夏でも靴下を2枚重ねてはくほど冷える。部屋は狭いけど命が助かって仮設にいれてもらってよかった。ありがたいことです。この道の前を散歩するようにしているんです。歩いていると気持ちがすーっとするんですよね。」
(70代女性)

「前の家は風通しが良くて、涼しかったけれど、仮設は窓が1つしかなくて、とにかく暑い。(国道)6号線を越したところまで津波が来た。もうすぐ後ろに津波が迫っている時に、車で逃げた。あの時は、人が見えても助けることは出来なかった。5ヶ月経って、やっとみんな笑えるようになった。」
(70代男性)

「地震から10日ぐらい経ってから家を見に行った。庭にあった大きな石も大きなイチョウの木もみんな流されてしまった。庭には、空池があって、真っ白い石を敷き詰めていた。底に溜まっていたものをどかしたら、その白い石が40個くらい残っていて、本当に嬉しかった。いつもきれいに磨いて大事にしていたから。今まで、何度か足湯をしてもらって、沖縄の人やイギリスから来た人とか、いろいろな人に会えて、とても楽しい。」
(89歳女性)

「家はねえ、津波で流されてはないけど、一階は浸かったよね。だから、二階に無事なものは全て移してあるんだけど、車が故障したから、持ってこられないんだよね。今、車は修理に出してる。車ないと運転も出来ないから、何も出来ないね。スーパー行くにも役場行くにも何をするにも必要だから。またきますね。」
(26歳男性)


 

(2011.09.22更新)
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