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Japan / Niigata 2007 Earthquake Disaster

新潟中越沖地震 緊急援助 / 中村翔子と大平美咲姫の新潟県中越沖地震ボランティア活動体験記


現地の被災状況

ボランティア活動

ボランティア活動の感想



プロジェクトは終了しました。みなさまからの温かいご支援を深く感謝いたします。

中村翔子と大平美咲姫の新潟県中越沖地震ボランティア活動体験記

 私たちADRA Japanインターン生の中村と大平は8月5日〜7日に約3週間前の7月16日に発生した新潟県中越沖地震のボランティア活動に参加してきました。そこで私たちが実際に現地で見聞きし、感じた事をまとめてみましたので、どうぞご覧ください。

現地の被災状況*

まずは刈羽村の地元や原発周辺をぐるりと視察。そこにはブルーシート屋根の家屋、また原形をも留めてない程に崩壊した家屋が数多くあった。そんな倒壊した我が家を右に、その我が家から頑張って持ち出せるだけ持ち出した荷物を左にし、片付かない…いや、片付けられなく途方に暮れて座り込む住民の姿が目に焼きついた。

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また車を走らせているとガタガタと激しい揺れを体感した道路の陥没。マンホールや橋などもあっちこっちと段差だらけ。歪んだり、口をぽっかり開けたアスファルトに、負けずと山には地割れが。庭木は不思議だが同じ方向に傾き、それ以上倒れないように支えられている。まさに地震はどこに何があるかなどは関係なく新潟/柏崎全面に襲いかかっていた。

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ボランティア活動*

−刈羽村ボランティア活動の仕組み−ボランティアをする為に必ず毎朝、刈羽村ボランティアセンターで参加登録をした。それはセンターで毎日入る様々な仕事をボランティアに振り分けるという、仕事と人手とをマッチング(調整)する必要があるからだ。そしてボランティア参加者は委託された仕事を行い、終了時点でセンターに戻って活動報告をする。ボランティア活動自体は皆8時〜17時内で行われる。私たちは毎回違って委託される活動一つ一つに責任を感じた。

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−ボランティア活動の内容−

私たちは主に4種類の活動をしてきた。全て半日単位の活動であった。

その1:神社の片付け

震災によって崩れかけたままになっている危険な神社の片付けや掃除。新潟県内外から集まったボランティア9名と神社関係者と共に作業をした。この神社は3年前の地震で建造し直された鳥居以外は全て被害を受けていた。まず外観から述べると、参道の両側にある獅子の石像の頭部や胴体一部の落下。神社の窓ガラスも割れ散っており、特に上層部のガラスで落ちるに落ちず、ぶらぶらと・・・。ヘルメット・マスク・軍手装着でガラス撤去/片付け作業の開始。神社内部では置物や剥がれ落ちた壁を砂埃にまみれながら掃除した。
私たちはここで多くの経験豊富なボランティアの姿を目の当たりにした。効率よく、更に手際よくテキパキと作業をこなしていく。そして危険の取り巻く中では自分の身は自分で守るしかない事を改めて実感した。

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その2:瓦の片付け

あるお宅の散乱した瓦集めのお手伝い。原形あるものは拾い集め、残りは土嚢袋詰めに。刈羽村で見るほとんどの家屋は瓦屋根な為、地震で散乱した瓦を片付けるのも一作業でした。一度に持てた3,4枚の瓦は一体何kgあったのだろう・・・。

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その3:壊れた家具の片付け

このお宅は地震後の家屋調査で赤紙(=危険な印)を貼られたお宅であった。私たちはこのお宅から地震によって不必要になった家具等のゴミ仕分け&運搬のお手伝い。中にはシンナー系等、揮発性物質の廃棄物も多く、処理方法に戸惑った。またセンターからの依頼では外のみでの作業。本来なら危険な為、赤紙宅内にボランティアは進入禁止。しかし、どうしても・・・と頼まれ、重い物を運べないご年配夫婦の為に住宅内から屋外に運搬のお手伝いもした。ただ、もし今!地震が発生したら・・・と想像すると身の毛がよだった。作業で多くの家具を破棄したが、その中にはここのお母さんの思い出が詰まったの嫁入り道具も・・・(涙)

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その4:自衛隊のお手伝い

6日、7日の午後、2日連続で私たちは災害援助活動をしている自衛隊のお手伝いをした。
プラント5というホームセンターの広い駐車場を利用して、自衛隊は未だにガス・水の届かない住民の為に仮設公衆浴場を造る。私たちはその受付嬢に♪(笑)タオルやペットボトル水を配布し、入浴人数を記録。浴場・浴槽の気温調節も行った。自衛隊の方々は気さくで愉快な人が多く、仕事説明に加え、浴場設置の仕組み等も教えてくれた。
この作業を通して嬉しかった事に、私たちは入浴後にリラックスされている被災者の方々としゃべり、交流のひと時をもてた。そこで被災者の様々な心の内を聞いた。家はめちゃくちゃになり悲しみを抱えている方や、小さな余震に敏感になって将来に脅えてる方、今回の地震と3年前の地震発生の事を鮮明に記憶し体験を話す方・・・。一方、家は崩壊しても自分や家族が守られた事を喜んでいる方や自衛隊・県内外からのボランティアの応援に元気づけられていると話す方、そして仮設でも毎日入浴できる事に感謝している方・・・それぞれ被災の生の声。それらを聞いて私たちが確かに言えることは、皆、各々の大変な状況の中でも一生懸命に生きている、という事。

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 私たちはこれらのボランティア活動を通して、あるニーズに気付いた。それは市や村が住民に対して、「お手伝いをします。何でも連絡ください」との呼びかけに、気を遣って頼めず、遠慮している被災者が多い事。だから被災者がもっと気軽に声をかけられるようにボランティアが巡回したり、被災者にも積極的に援助の手が借りれる事をアピールしたりする工夫が必要とされているのではないだろうか・・・。

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ボランティア活動の感想*

中村:この夏今年7月に起きた新潟中越沖地震の被災地の一つである刈羽村でのボランティア活動に参加することができました。地震発生からおよそ3週間後の8月5日から7日と活動日数は3日間と短かったですが、神社の床に落ちた壁を袋にまとめ、ほうきで掃く作業から始まり、自衛隊が設置している仮設風呂での受付当番、被災者のご自宅の粗大ごみの片付けなどいろいろな活動をすることができました。
被災者の方々と接する機会は多くありませんでしたが、仮設風呂の利用者の方々からお話を聞くことができ、見えないところでの被災者の苦労も感じることもできました。これは80歳ぐらいのお爺さんからのお話でしたが、地震発生の次の日に県外から息子さんが駆付け、倒れた冷蔵庫など生活する上で必要なものから立てて帰ってくれたそうですが未だにタンスや食器類の片付けは毎日少しずつ続けているそうで腰も痛くて大変だとおっしゃっていました。
また被災地で出会った参加者の方から今までの活動経験の内容を聞かせてもらいとても参考になりました。それは別の震災の時の活動経験でしたが、被災者の方からの依頼を待つのではなく、参加者側のほうで「お節介隊」とういのを作り、自分たちから手伝えることはないかと一軒一軒を回ったところ次々と仕事が入ってきたそうです。実際ボランティアセンターを通しての活動ですので、こういった活動を実行することは簡単ではありませんが、自分たちが足を運ぶことでの違いも教えてもらいました。
さらに自衛隊の皆さんがとても明るくやさしく接してくださったことが特に心に残っています。今ではガスも復旧したため、自衛隊の仮設風呂も終了したと知りとても嬉しく感じています。
実際に活動に参加したことで、被害状況を肌で感じることができただけでなく、一日でも早い復興に向け頑張る人達の姿を見て、また次の機会があれば是非参加したいと感じました。

大平:今回の新潟でのボランティア活動は私にとって人生初のボランティア体験でした。今まであらゆる人のボランティア活動を聞き、活動の実態を知っているつもりでしたが、現地で現場に入った本人にしか感じることの出来ない事が多くある事を理解しました。特に私は”人と人とのコミュニケーション”&”協力”が全ての作業の鍵となっていると感じました。作業には被災者・現地の方・専門家・センター・ボランティア同士のコミュニケーションが不可欠で、またボランティア活動が円滑に行われているのはこのコミュニケーションが成り立っているからなのです。そしてコミュニケーションによって得られた協力の輪こそ、皆の心と心が繋がっている絆でもあり、私は今回の活動を通してこの絆を実感しました。



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