ADRA Japan
ADRA(アドラ)について / our mission ADRA(アドラ)の活動 / our work
 
ベシアナちゃんブログ

Besjana

ベシアナちゃん滞在記



第1回目:2000年春初来日


◆毎日の生活の様子

3/24(金) コ ソボから車で隣国のマケドニアのスコピエに行き、そこからから飛行機でチューリッヒへ行き、乗り換えて夕方、成田空港に到着。すぐに車で東京衛生病院へ。 コソボを出発してから2日、初めての飛行機ということもあって疲れ気味。車の中でもずっと寝ていました。病院では、院長先生、手術室婦長さんが迎えて下さ いました。看護婦さんもベシアナを迎えるためにアルバニア語を勉強。アルバニア語で挨拶!夜も遅かったので、すぐに病室へ。でも、ベシアナは目がさえて しまって、プレイルームで遊びたいと駄々をこねていました。「明日、起きたら遊んでいいから」と言われて就寝。
3/25(土) なんと、朝4時に起きて念願のプレイルームで遊びました。プレイルームで遊ぶ時間は決まっているのですが、特別に許してもらいました! お昼に手術して下さる先生の診察。ベシアナは先生や看護婦さんに囲まれて泣いてしまいました。夕方、病院の回りを散歩。
3/26(日) 1日ゆっくり病院で過ごしました。
3/27(月) 午 前中の記者会見におかあさんが出席するため、朝からADRA事務所に。ベシアナは記者会見の間、ADRAスタッフとスタッフの同い年の子供と一緒にかくれ んぼをしたり、シャボン玉をしたりして遊びました。午後からは代々木公園のほうにいったりして楽しい一時を過ごしました。
3/28(火) 明日は手術。おとなしく病院で過ごしました。
3/29(水) いよいよ手術の日。点滴の針を入れるときもグッと我慢。だけど泣いちゃいました。今回の手術は右目の下の引きつりを直すため、ベシアナ自身の左耳の後ろの皮膚を移植。手術は成功。抜糸は1週間後。
3/30(木)
31(金)
病院内で過ごしました。
4/1(土) 外出許可がでたので病院の回りを散歩。
4/2(日)
3(月)
4(火)
プレイルームで遊んだり、ビデオを見たり。ベシアナのお気に入りは「Tom&Jerry」。スタジオジブリの作品もたくさん見ていました。
4/5(水) い よいよ抜糸の日。泣きながら手術室に入っていきました。約20分。待合室で待つおかあさんも泣いてしまいました。だけど、手術室からでてきた右目の下に テープを貼っただけのベシアナの顔を見てホッとしたのか抱きしめていました。おかあさんは病院に対して次のように言っておられました。「ベシアナが火傷し てベオグラードの病院に運ばれたとき、言葉も通じず、されるがままで本当に不安でした。だけど、ここではお医者さんや看護婦さんがアルバニア語を覚えて下 さって、私たち親子を気遣って下さいました。治療に関しても一つ一つ丁寧に教えていただいて本当に安心することができました。本当にありがとうございま す。」
4/6(木) 退 院の日。朝9時にみなさんにお礼を言って退院。そのまま車で外務省に行きました。外務省では山本政務次官とお会いしました。ベシアナはぬいぐるみをプレゼ ントされて喜んでいました。午後からは、東京衛生病院のみなさんからのプレゼント「東京ディズニーランド」へ! 着ぐるみには、おびえてしまうベシアナ。たくさんの人にもびっくり。でも、イッツアスモールワールドに入ってからは元気なベシアナに!ウェスタンリバー鉄 道、魅惑のチキルーム、ミッキーマウスレビューなどなど。最後に夜のパレード「ファンテリュージョン」を見ました。ベシアナは「こんなに電気をみたことな い」とびっくり。目をクリクリさせて見入っていました。
4/7(金) コソボへ帰る日。空港でも走り回り、ちょっと目を離すといたづらするベシアナ。元気にコソボに帰っていきました。
 

◆東京衛生病院ニュースより 小児科婦長さんの記事

皆さんは、コソボと聞いて何を思い浮かべますか? 私の場合は、遠いヨーロッパの地域での紛争で、自分にはあまり関係のないもの、と思っていました。ところが、それが急に身近なものになったのです。
ある日、ORの石川婦長より、今度、コソボより、戦争により頭と左顔面に大火傷を負った3 歳の少女(ベシアナちゃん)が、衛生病院に治療にくる事になったと聞かされたからです。そこで、来日までに、色々準備することになりました。来日まで、コ ソボのADRAスタッフから情報を送ってもらいました。好きなもの=ウサギ、好きな歌=これは、戦争の歌ばかりで、童謡などはなく教えて貰えませんでした。

又、後日談になるのですが、オペの後、痛くなかったかと聞くと「私は○○○だから、全然大丈夫なのよ。」と、言ったそうです。○○○というのはアルバニア人の名前で、彼女達にとって独立運動の英雄だそうです。その人は最近の人だそうですが、対立しているセルビア人にとっては、テロの大親分で、憎むべき存在な訳です。このようなところからも、戦争の恐ろしい一端を垣間見た思いがしました。

さて、3月25日〜4月6日の間、当院の小児科に入院することになりました。今回は、@オペについて、A入院中の生活について、B退院後の出来事について、記事を書きたいと思います。

まず、オペについてです。今回来日の目的は、オペによりどの程度頭、顔の形成が出来るかの査定と、第1 回目のオペの施行でありました。査定の結果、今後6,7年にわたって、4回のオペが必要であり、今回は右眼の周囲を形成することになりました。3月29日オペが施され、大成功に終わりました。具体的には、右眼の下の皮膚がケロイド状でひきつっており、常にアッカンベーをしている状態だったのが、ほぼ正常に 戻ったのです。その後のベシアナちゃんの表情は、明らかに明るくなっていきました。

次に、入院中の生活ですが、一番苦労したのは、コミュニケーションです。今回はベシアナちゃんと、お母さん、そして通訳の女性(皆アルバニア人)が来日しました。それと、ADRAの日本人スタッフ2人と、国連職員の井上さんも来て、色々お世話をして下さいました。その中で、ベシアナちゃんと、母親と通訳の方が病室へ泊り込むことになりました。しかし問題は通訳の方は英語⇔アルバニア語の双方しか訳せないということでした。そして、心に傷を受けた母子は、こちらに話しかけてくることは少なく、こちらから話しかけることが多かったようです。しかも、看護スタッフは、純日本人で、英語はからきしだめだったと言うことです。それでも、ミルディータ(こんにち は)、ミルローマ(こんばんは)など、ADRAの方が用意して下さったアルバニア対訳表を見ながらコミュニケーションに努めました。また、英語に関してです が、そのころ6歳のチャーミングな英国人と日本人のハーフの女の子が入院していました。私は、その子に英語の先生になってくれるように頼みました。例えば、「おやつの時間です」ってなんて言うの? と聞くと、そんなの簡単だよとばかり、「It's a snack time!」と答えてくれました。早速それを使わせて頂きました。それ以外にも色々教えてもらい、今でもその子に感謝しています。
その苦労もあり、はじめはスタッフが訪室すると、下を向いてばかりだったベシアナちゃんも、10日間を過ぎる頃には少しずつ顔を上げてくれるようになってきました。次回の入院の時には、もっとコミュニケーションがとれるのでは?と期待しているところです。 ただ、そのような中にあって感心させられた事があります。それは子供の純真さと単純さです。大人にはなかなか心を開かなかった彼女も、病棟のプレイルーム では、自然に初めて会った入院中の子供ともすぐ打ち解けていました。車に乗って押してもらったり、笑顔を見せたりしていました。また、先ほど書いたハーフ の子とも仲良くなり、その子の夕食に招待されると言う一幕もありました。

次に食事に関してですが、日本食はあまり口にあわなかったようです。食堂の方が色々とアレンジしてくださいましたが、サラダと、果物とパンを中心に摂っ ていたのみでした。その他はADRAの方が、イタリア料理の店に連れ出してくれたようです。病院では、生水は飲まず、ペリエを飲んでいました。また、チキン やトマトスープ、山羊のチーズを好んで食べていたようです。また、彼女達はイスラム教徒なので、クリスチャンと同じく、豚肉は食べないとの事でした。

最後に、退院後のことについての出来事です。4月6日に衛生病院を退院し、外務省とディズニーランドへ行きました。付き添いは、ADRAスタッフ2人と私が行きました。まず、外務省の政務次官の方に会い に行きました。政務次官は山本さんという若い方で、とても親しみやすい方でした。わざわざ、外務省の中でプライベートで寸志を集めてくださり、キティちゃ んのぬいぐるみまでプレゼントして下さいました。そして、ADRAが今回してくれたことは本当によい働きだったと言うこと、そしてそれに協力してくれた衛生 病院には感謝しています、と言う旨のことを言って下さいました。
その後は一路ディズニーランドへ 行きました。ベシアナちゃんはおおはしゃぎでした。特に夜のファンテリュージョン大感激していたようでした。ただ帰りの閉園のとき、花火が上がるのです が、本人達はセルビア人の空爆を思い出してしまったらしく、辛そうな表情をしていました。まだ1千背負うの陰が消えないのだと思いました。
次の日、成田からコソボへと旅立っていきました。

今回、ベシアナちゃんが来たのは神様の導きだと思います。その理由の一つに、ふつうならコソボ(ユーゴスラビア)の国籍の人は日本国のビザは発行されず、入国は出来ないとの事だそうです。しかし、今回は外務省の特例により実現したとのことでした。もう一つは、当初帰国は4月5日の予定だったのですが、都合により帰国は2日延びてしまいました。チケットがスイス航空のディスカウント・チケットだったので、本来なら延期は出来ません。しかしSDA関町教会の教会員の女性がスイス航空の元スチュワーデスで本社に掛け合ってくれ、なんと延期が可能となったのです。それだけでなく、スイス航空でコソボに一番近い空港まで飛んでいる便まで手配してくれたそうです。これらを考えると全て備えられていたのだと思います。
最後にベシアナちゃんは、今秋にまた来日し、衛生病院でオペをする予定になっています。今度はもっと仲良くなりたいと期待しているところです。
衛生病院に来た際には、皆さんまたよろしくお願いします。(2000年6月20日号発行 東京衛生病院ニュースより)

 


第2回目:2000年秋


2000年9月 / 10月 / 11月 / 12月 / 2001年1月 / 2月


◆毎日の生活の様子
2000年9月

 

9/13

第2回目の来日(ベシアナとお父さんと通訳の3人)。東京衛生病院に着いた時には入りたくないと泣きましたが、説得の末、無事入院!事務局・病院スタッフも一安心。さて、これからどんな生活が待っているのでしょうか。

9/14 朝から、小児科のプレイルームで遊んでいました。
9/15〜17 茨城県の北浦三育中学校訪問(ADRAの支持母体であるSDAの中学校)。生徒達に拍手で迎えられ、お父さんは感激の涙・・・。
9/18.19 病院での生活(プレイルームで遊んだり、ビデオを見たりしていました)。
9/20 1回目の手術。組織拡張器を頭部の正常な皮膚の下に入れて、頭皮をふくらませるための手術をしました。手術時間は約4時間でした。
9/21〜28 手術後顔がむくんでしまい、目が開かなかったり、痛みで泣いたりと、小さな体で本当に頑張っていました。25日にはずっとつけていた点滴が取れ、27日には顔のむくみもすっかりひきました。そして、いつものいたずらっぽい笑顔を見せてくれるようになりました。
9/29 午前中に退院。夕方は中国にあるアルバニア大使館から日本を訪問中のトニンベチ・アルバニア公使とお会いしました。ベシアナの方はといえば、最初お父さんの 膝の上でおとなしくしていたのも束の間、別の椅子に座りたいと言いだし、公使から頂いたお菓子を嬉しそうに開けていました。
9/30 通訳が帰国。この日から親子2人きりでの日本での生活がスタートしました。新居は病院近くのアパートの一室を支援者の方から貸していただきました。


2000年10月

10/1 ベ シアナ親子だけでお買い物。初めて買ったものは、近くのコンビニでの「コカコーラのペットボトル」でした。それまでは、助ける会事務局スタッフと買い物を していましたが、今日初めて親子2人で買い物に行きました。ドキドキしながら、ちょっとした冒険みたいだったようです。
10/2 ベ シアナ親子、初めての電車! 事務局スタッフの家族と一緒に品川水族館に行きました。大きな水槽の中のたくさんの魚に目を見張るベシアナ親子。特に水槽の 中を通っているトンネルでは、お父さんのほうが感嘆の声をあげていました。ベシアナも水槽にはりついて・・・。イルカショーやアシカショーを手をたたき ながら、喜んでみていました。
10/3〜6 アパートでの生活にも慣れ、散歩をしたり、近くの公園に遊びに行ったりするようになりました。食事はもちろんお父さん特製のアルバニア料理(?)。
10/7 日比谷でおこなわれた「グローバルフェスタ・ジャパン」に参加。たくさんの人に驚くことなく、力車に乗りたいとか、噴水のところに行きたいと走り回るベシアナ。目を離した隙に水遊びをしてしまい、ビショビショになってしまいました。。5時過ぎまでたっぷり遊んで、車で帰宅。
10/8 翌日からの入院に備えて、ゆっくりとアパートでお休みしました。
10/9 今来日2度目の入院。朝から大雨で雷も鳴っていました。入院してすぐにベシアナがしたことは・・・「プレイルームで遊ぶこと」でした。
10/10 翌日の手術のために採血やレントゲン検査をおこないました。
10/11 2 度目の手術。今回は顔はこわばっているものの、声をかけるとニコッと笑う余裕も!カメラを向ければピースサイン!手術室ではコソボから持ってきたベシアナ の大好きなカセットテープをかけてもらいました。それから5時間。大きなコブのようなガーゼを頬につけたベシアナが泣きながら戻ってきました。このガーゼ は、移植した皮膚がちゃんとつくように、頬を押さえつけるためのものらしいです。胸から皮膚を取ったため、体には包帯が巻かれていました。
10/12 手術後2日目ということもあり、ベシアナは痛みとの戦いでした。
10/13 噛む事ができないベシアナは流動食です。しかし、昨日はその流動食さえも食べることが出来ませんでした。大好きなグレープフルーツジュースもちょっとだけ。アパートの大家さんも「ベシアナちゃんが遊びに来ないからさびしい」と言ってお見舞いに来てくれました。
10/14〜17 点滴・流動食など、まったく自由のきかないベシアナ。小さな身体で精一杯戦っています。
10/18 先週のぐったりした姿が信じられないくらいの元気の良さです。抜糸は10月25日なので、頬は大きなコブをつけたような状態です。私達が頬を指差して「気を付けて」と言うとベシアナも「気を付けて」とオウム返し!一安心(?)
10/19〜24 看護婦さんともお友達になって、病院を駆けずり回っていました。プレイルームではボールは蹴るし、飛び回るし・・・。元気すぎて困ってしまいます。退院はまだかな??
10/25 抜糸の日。いくつかおこなう手術の中でもこの手術が一番心配でしたが、植えた皮膚はきれいについていました。植皮はうまくいったと言っても、どの程度きれいになるか、その辺は難しいところらしいです。頑張れ!ベシアナ!!
10/26 抜糸の翌日とあって、少し静かになったベシアナ。自分で「かわいいね、ベシアナ」と覚えた日本語で自己アピール。
10/27 退院の日。痛みやつらさを乗り越えて、4歳の少女が退院して初めの言葉は・・・「コーラ!アイスクリーム!」でした。退院祝いといわんばかりに買ってあげてしまいました。
10/28 病院で遊べなかった分、公園などでおおはしゃぎでした。一体、どこからあの元気がくるのでしょうか?
10/29 この日から週3日の病院への通院が始まりました。水曜日は頭の組織拡張器に生理食塩水を注入し、その他2日は消毒をします。
10/30 ベ シアナのお父さんからのメッセージ。「ベシアナを支援してくれている皆さん、本当にありがとうございます。皆さんのお陰でベシアナと共に東京での日々を楽 しく過ごさせて頂いております。娘への皆さんの愛情に対し、感謝の言葉が見つからないほどです。ベシアナは本当に幸せ者。日本の素晴らしい歓迎そして献身 的なお世話に毎日感激しております。これからも娘と共に頑張っていこうと思います。今後ともよろしくお願いします。」


2000年11月

11/1 毎日新聞の夕刊に「ベシアナちゃんに関する記事」が掲載されました。記事のコピーをご希望の方は、事務局までお問い合わせください。
11/2 翌日からお出かけなので、ちょっとお休み。
11/3 広島県の広島三育学院高等学校の文化祭(三育祭)の招待を受け、一路広島へ・・・。 広島に到着してすぐに、研成会(生徒会)の役員の生徒に囲まれたときには、びっくりしてちょっと涙ぐむシーンもありましたが・・・。 夜、学校の講堂でおこなわれた集会でベシアナの紹介、そしてADRA Japanによるコソボ報告がなされました。 報告のあと、ベシアナに千羽鶴とキティちゃんのクッションがプレゼントされました。
11/4 昨夜の集会が好評だったため是非中学校でも話をしてほしいと頼まれ、急遽広島三育学院中学校でもコソボ、そしてベシアナの話をしました。 ベシアナは、校内にあるジャングルジムや滑り台で遊びたくてソワソワ! 話が終わったら行ってもいいよと言っておいたら、話が終わったとたんに外に遊びに飛び出していきました。 午後は、学校の車を借りて広島市内に。 市内についたときにはもう夕方だったので広島城跡を見学して、広島名物「お好み焼き」にチャレンジ! いろいろ言いながらも結局1枚全部食べてしまいました。 おいしかったようです。ベシアナは「スパゲティがいい」と言うので「焼きそば」を出したら、ご機嫌になって食べていました。
11/5 先生方の子供達が遊びに来て、朝ご飯も食べずに外に遊びに行きました。 天気が良く、芝生の上で走り回っていました。 三育祭には、ベシアナの取材のために新聞社(読売、中日)の方も来ていました。 三育祭は「ここに愛があるかい」というテーマでおこなわれ、 チャリティコンサートのために前夜から野外ステージが作られ、歌あり、楽器演奏ありと盛りだくさんの内容でした。 ベシアナも大喜びでした。
11/6 3日間の旅行の疲れも見せずに、元気なベシアナ。
11/7 近くの商店街で顔見知りになった方々と、毎日挨拶を交わしています。
11/8 通院(生理食塩水注入)
11/9 11月3日〜5日にかけて、ベシアナ親子は広島三育学院を訪問しましたが、 そのことが読売・中日新聞の朝刊広島版、そして地元中国新聞に取り上げられました。
11/10 通院(消毒)
11/11 荻窪駅ビル屋上のプレイランドで元気に遊びました。
11/12 春 の来日で友達になったモニカちゃんから、学校でバザーがあるので是非来てくださいと招待を受けました。 学校の子供達はベシアナのために作った鶴のネックレスをかけてくれました。 そして「もうひとりのおともだち」と書いた手紙をプレゼント。 子供達はベシアナに限らず「もうひとりのおともだち」のために一生懸命チャリティバザーをしていました。 大喜びのベシアナでした。
11/13 通院(消毒)。ベシアナ親子にとって唯一の母国語エンターテイメントを楽しめるビデオデッキが壊れてしまいました。かなりショックのベシアナです。
11/14 支援者の方が、早速ビデオデッキを寄付してくださり、ベシアナ親子にも笑顔が戻ってきました。
11/15 通院(生理食塩水注入)
11/16 公園で遊んだり、自転車に乗ったりと、いろんな遊びをしています。
11/17 通院(消毒)
11/18.19 親子でのんびり過ごしています。
11/20 通院(消毒)
11/21 散歩したり、買い物をしたりしています。
11/22 通院(生理食塩水注入)
11/23 アパートの大家さんのひ孫とも仲良く遊んでいます。
11/24 通院(消毒)
11/25 ごろごろお昼寝をしたり、ビデオ鑑賞をしたりして過ごしています。
11/26 ADRAが所在しているビルの大掃除に参加。
11/27 通院(消毒)
11/28 近所の人気者になっています。商店街で声をかけられるほど。
11/29 通院。9月の手術のときに入れた3つの組織拡張器に生理食塩水が規定量の半分(約100cc)入りました。 かなり頭が大きくなってきています。
11/30 10月11日に植皮した頬は、ずいぶん落ち着いてきました。


2000年12月

12/1 通院(消毒)
12/2 12月に入り寒くなってきたのにもかかわらず、ベシアナは半袖で過ごしている毎日です。 彼女を見ている私達のほうが、見ているだけで寒くなってきます。
12/3 幼小児国際交流協会(SPIEC)主催のクリスマスコンサートにベシアナ親子が招待されました。 その日は始めて地下鉄に乗りました。 残念ながら地下鉄を説明できない私は、駅から駅の間を「大きなトンネル」ということにして、理解してもらいました。 コンサートは幼稚園児と小学生による「マリンバ・ボニーズ」歌劇の演奏、 ディズニーメドレーなど、子供とは思えないほどの素晴らしい演奏で、ベシアナは身体を揺らしながら楽しんでいました。 会場には最近ベシアナが大 好きな「アンパンマン」も来ており、一緒に写真をとることができました。
12/4 通院(消毒)
12/5 一日のんびりと過ごしています。
12/6 通院(生理食塩水注入)。 アルバニア語権威の広島大学井浦先生より、NHK「Haiku」という番組製作過程において、 訛りの強いアルバニア語の聞き取りが難しい部分をベシアナのお父さんに聞き取ってほしいという要請がきました。 作業は、コソボ南部取材部分の約10分間を10秒ごとに聞き取り、書きとめる作業でした。
12/7 昨日の疲れか、一休み。
12/8 通院(消毒)
12/9.10 公園でのんびり、久しぶりに自転車に乗ったりもしました。
12/11 通院(消毒)
12/12 今 日は、葛飾区の保育園でおこなわれた移動動物園に行きました。 いつもは元気なベシアナですが、園児がだっこしているかわいいウサギやモルモットには触れませんでした。 彼女はとても怖がりなのです。普段は大人を困らせるほどおてんばなのですが、 小動物を目の前にすると急におしとやかな女の子になってしまいました。 しかし、同年代の園児達とはすぐに仲良くなり、一緒に遊んでいました。
12/13 通院(生理食塩水注入)
12/14 もういくつ寝ると・・・。
12/15 通院(消毒)
12/16 病院横のキリスト教会の子供クリスマス会に参加。サンタさんからプレゼントを頂きました。
12/17 あと、何日??楽しみでドキドキです。
12/18 通院(消毒)
12/19 すこし、部屋を掃除したりして・・・。
12/20 通院(生理食塩水注入)。コソボからベシアナのお母さんと妹が来日しました。 早速、夜はウェルカム晩餐会を開き、ベシアナ一家と共に楽しいひとときを過ごしました。
12/21 一家がそろって初めての日。ゆっくりと家族団らんをしました。
12/22 通院(消毒)。お母さんと妹も病院に付き添ってきました。
12/23 この日もゆっくりと過ごしました。
12/24 Merry Christmas! ベシアナの「サンタさん」となり、支援してくださっている皆様に心より感謝申し上げます。 今、彼女の家の中は、支援者の皆様から頂いたクリスマスデコレーションで飾り付けられています。
12/25 通院(消毒)。大矢さんからクリスマスプレゼントをもらって大喜び!
12/26 妹と仲良く遊んでいます。
12/27 通院(生理食塩水注入)
12/28 散歩をしたり、年末に向けてのお買い物をしたりしています。
12/29 通院(消毒)。ベシアナ一家を連れて、池袋サンシャイン水族館へ行きました。 たくさんのお魚さんを見て大喜び。
12/30 疲れも知らず、今日も元気です。
12/31 今年最後の通院(消毒)。20世紀の最後は日本で過ごしています。


2001年1月

1/1 A Happy New Year!21世紀を両親と一緒に迎えることができました。
1/2 やっぱり寝正月。でも、大好きなパンがなくなったのでお買い物に行きました。
1/3 正月って、品薄のスーパー多いんですね。大好きなフランスパンが売り切れてしまっていました。
1/4 21世紀始めての通院(消毒)。新年の挨拶は「おっは−」?
1/5 スケジュールも年末年始のため特になく、今日は家でゆっくりとしました。
1/6.7 ちょっと寒くなってきたので、上着も冬仕様。でも、まだまだ元気いっぱい走り回っています。
1/8 通院(消毒)
1/9 また、週3回の通院生活が始まりました。明日も病院か・・・。
1/10 通院(生理食塩水注入)。2週間ぶりの注入でちょっと緊張。でも、泣かずに大丈夫でした。
1/11 今日はのんびりと過ごしています。
1/12 通院(消毒)
1/13 診察もないので、買い物に行きました。
1/14 大好きなフランスパンは日曜日に限って売り切れだったりもします。
1/15 通院(消毒)
1/16 妹を泣かすこともしばしばあります。
1/17 通院(生理食塩水注入)。風船がかなり大きくなってきています。
1/18 白い毛糸の帽子をかぶって、走り回る笑顔がかわいいです。
1/19 通院(消毒)
1/20 妹と二人で町を歩けば、やっぱり「アイドル」のようです。
1/21 なんか寂しいなぁ。
1/22 今日は、サポートなしで親子だけで通院(消毒)。
1/23 最近は「油揚げ」なんてものも食べたりするんです。
1/24 通院(生理食塩水注入)
1/25 千葉県三育学院短期大学に学校訪問。 ベシアナ一家はアクアラインの長いトンネルにびっくり! 今日はお父さんの30歳の誕生日。学校の会食室では「Happy Birthday」を歌い、ケーキもご馳走になりました。
1/26 昨日の疲れも何とやらで、元気に通院(消毒)。
1/27 朝から急な発熱で、念のため入院となりました。
1/28 本人は元気なのですが、まだ熱が下がりません。
1/29 ベシアナは遊びたくてしょうがないんだけれど・・・。静かにしていてね!
1/30 アンパンマンなどの子供向けのビデオに熱中!ドラえもんも好きなベシアナです。
1/31 ドクターからの指示により、個室で半分隔離状態になりました。


2001年2月

2/1 お父さんもお母さんも心配しています。
2/2 お母さんの大きなスリッパを小さな足に履き、日本語で「おおきい!おおきい!」と、 マニキュアを塗った足を見せながらおどけていました。
2/3 土曜日だからなのか、来客が少なく、寂しいです。
2/4 今日は、ターザンでも見よっかなぁぁという気分です。
2/5 3つ入れている袋の右側から、黄色から緑がかった滲出液が発見されました。 ドクターの指示で、2月7日に緊急手術が決まりました。
2/6 明日は手術です。血液検査などをしています。
2/7 15:00から、ベシアナの頭部の手術がおこなわれました。今回は病棟を出る前から大泣きでした。 手術室に入り、「さあ、行こう」というと、母親の小指を強く握ったまま離しません。 約3分ほどの戦いだったでしょうか。そして約4時間半後、ベシアナは病室に戻ってきました。 2つの風船を無事に取り除くことができました。
2/8 血液検査の結果、ヘモグロビンが大量に減少していることがわかったため、 急遽輸血をしました。
2/9 アパートの大家さんが持ってきてくれた「ゆで卵」に舌鼓。
2/10 今日は、ジャガイモまでもらって大喜びです。
2/11 一日中ビデオを見ていました。
2/12 わがままなベシアナは外に出たいといっています。
2/13 退院はまだなのか?と両親も心配。でも、もうすぐだからね!
2/14 明日、退院の可能性があると病院から言われてちょっと嬉しい!
2/15 午後、退院。退院許可をもらったベシアナは早速病室着を脱ぎ捨て、素敵な洋服に着替えました。 帰り際には、「看護婦さーん、バイバーイ、またねーぇ」と大きな声で言っていました。
2/16 大好きな真由美お姉ちゃんが会いに来てくれておおはしゃぎです。
2/17 アルバニア協会の方々が遊びにきてくれました。ありがとうございます。
2/18 今日もお客さんがお土産を持って来てくれました。
2/19 真由美お姉ちゃんが遊びに連れて行ってくれました。
2/20 お母さんは得意の編物を毎日しています。
2/21 診察です。来週の手術のために注射をうちました。
2/22 昨日からサポートスタッフが海外出張で、ちょっと寂しい??
2/23 次の入院の準備もしないと・・・。でも本人は遊んでいます。
2/24 お母さんの編物も徐々に完成してきています。
2/25 明日から入院。どうなるのかな?
2/26 午後、入院しました。28日には植皮手術を受けます。
2/27 手術前の検査をドキドキしながら受けています。
2/28 午後、植皮手術をおこないました。 火傷でケロイドになってしまっていた頭部の皮膚を切り取り、風船で伸ばしていた、 髪の生えてくる部分をもってくる手術、無事成功! まだ大分広いおでこだけど、頭が髪の毛で覆われ、もみあげもできてきました。 今は包帯で見えませんが、包帯が取れたとき、自分の姿を見てベシアナは喜んでくれるでしょうか・・・。


第3回目:2002年秋


頭部の2回目の治療のため、9月10日に父親と共に来日しました。
今回も前回と同じ頭部に組織拡張器を使った治療を行うため、約半年滞在しました。

来日スケジュール
9月10日(火) 父親、通訳とともに来日
9月11日(水) 診察−頭部以外の治療内容の決定
9月13日(金) ADRA コソボ報告会に参加
9月16日(月) 入院
9月18日(水) 頭部に組織拡張器を入れる手術
9月21日(土) 通訳帰国
9月終わり頃 退院
9月30日(月) チャリティコンサート

※ これ以後は、支援者の家からの通院となります。
※ 2003年2月終わり頃に組織拡張器によって伸びた皮膚をケロイドの部分に移植する手術をおこないます。


 



お問い合わせ / 個人情報保護について 
Copyright (c) ADRA Japan 1997-2008. All rights reserved.