ADRA Japan
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ベシアナちゃんブログ

Besjana

ベシアナちゃんを助ける会:活動報告



1.ベシアナちゃんを助ける会発足

2000年3月 井上 健氏を代表に「ベシアナちゃんを助ける会」を発足。
治療計画をたてるための日本への渡航費用のためにKosovo内において募金活動をおこなう。日本では事務局としてADRA Japanが受け入れを担当し、東京衛生病院(東京都杉並区)が医療機関として受け入れてくれることが決まった。

2.第1回来日(2000年3月24日〜4月7日)

2000年3月24日 治療計画を立てるために母親フェティエ、通訳とともに来日。
受け入れ病院:東京衛生病院
3月27日、原宿センター(ADRA Japan所在地)にて記者会見。
治療計画だけの予定だったが、右頬の引きつりがひどく、そのままでは失明の危険性も伴うため、東京衛生病院の好意により右目下への植皮の手術をおこなった。このため帰国日程を変更。フライトチケットは変更できないものであったが、スイス航空の厚意によって変更することができた。

3.第2回来日(2000年9月13日〜2001年4月15日)

頭部と右頬の植皮のため、6ヶ月の予定で父親シェフシェット、通訳と来日。通訳は1週間のみの滞在。
9月20日 頭皮に組織拡張器を挿入する手術
10月11日 右頬の植皮の手術
週に3回通院、毎週水曜日に組織拡張器に生理食塩水を注入。
2001年1月にベシアナが発熱。3つの組織拡張器のうち1つから生理食塩水がもれていることがわかり、入院し壊れた組織拡張器の除去手術を行う。
2月、毛のない瘢痕部を切り取り、引き延ばされた毛のある部分の皮膚で覆う手術をおこなう。
この期間、ベシアナ親子は荻窪のアパートで生活。ADRAのサポートスタッフがほとんど毎日、アパートを訪問、病院への診察にも必ずつきそった。
毎週水曜日をコソボとのホットラインの日とし、時間を決めてコソボの家族と連絡をとりあう。コソボの家族にはコソボにいた日本人支援者の方からの携帯電話を渡していたが、家では電波が届かないため、コソボにいた日本人支援者もしくはADRAスタッフが電波の届くところまで家族を車で連れていくことによって可能となっていた。
12月、父親の具合が悪くなり、家族による精神的身体的なサポートが必要と考え、母親と下の妹を来日させることになり、12月下旬から4月まで、家族4人の生活となった。
また、支援者の方々、学校等への訪問もおこない、平和の大切さを訴えかけてきた。

4.コソボにて(2001年4月16日〜2002年9月9日)

コソボでは、ADRAのスタッフが時々、ベシアナ宅を訪問。手術後の具合などを写真に撮り、e-mailにてADRA Japan東京事務局に送り、病院に報告。

5.総会

2002年7月30日、ベシアナちゃんを助ける会の総会を開催。それまでの会計報告、活動報告、これからの活動計画が承認された。また、ベシアナちゃんを助ける会次期代表として、中村恭一氏が選出された。

6.第3回来日(2002年9月10日〜2003年3月25日)

2002年9月10日に、ベシアナ、父親シェフシェット、通訳の3人が来日。通訳は前回と同じく最初の1週間のみの滞在。
11日に東京衛生病院で診察を受けた。ベシアナは、2回目の来日と同じ治療をすることを知らされていなかったため、同じ治療を受けなければならないとわかったときのベシアナは大変辛そうだった。しかし、直りたいという一心で本当にがんばったと思う。17日の手術まで、支援者がプレゼントしてくれた一泊旅行や東京観光で楽しく過ごし、17日に組織拡張器を頭皮の下にいれる手術をおこなった。
前回は、家族でアパートを借りて生活したが、今回は費用的にも余裕がないこと、きちんとケアするにはスタッフの自宅で引き取ることが必要と考え、事務局スタッフ宅で一緒に生活することになった。週に1回の通院時に、組織拡張器に生理食塩水を注入。2回目の来日時には週3回の通院であったが、毎日お風呂上りにスタッフ宅にて注入口の消毒をおこない、経過観察をおこなうことで週1回の通院となった。
2003年2月、組織拡張器、ケロイド部分を取り除き、伸びきった正常な皮膚で覆う手術がおこなわれた。3月終わりに帰国。

7.コソボにて(2003年3月26日〜2005年7月7日)

事務局であるADRA Japanのコソボにおける活動が2002年7月に終了し、日本人スタッフがコソボに常駐していなかったため、コソボ訪問時にベシアナ宅を訪れ、経過観察をおこなった。また、日本人支援者もたびたびベシアナ宅を訪問していた。
2005年になり、担当医師より、前回より2年が経過し、耳の再生手術のために準備の手術が必要であること、残りのケロイド部分への植皮の手術が必要なことがADRA Japanスタッフに説明された。年齢、身体の成長具合をみて、まず2005年に手術を行なうことが妥当と判断され、来日のための準備をおこなうこととなった。

8.第4回来日(2005年7月8日〜9月24日)

事務局スタッフがコソボを訪問し、ベシアナだけを連れて帰国。ベシアナは前回と同様に入院時以外はスタッフ宅からの通院となった。耳の再建手術をどのようにおこなうかの確認及び今までの手術箇所の修正のための手術がおこなわれた。
9月11日はADRAが主催した学校交流プログラムのため、コソボの学生と教師が来日。ベシアナもこのプログラムに参加。9月24日にコソボの学生と一緒に帰国した。

9.コソボにて(2005年9月25日〜2008年6月5日)

コソボにいる元ADRA Japanスタッフのアルバニア人がベシアナ宅を定期的に訪問。写真や様子をメールにて経過報告を受けた。ベシアナは学校に通い、優秀な成績を収めているとのこと。耳の再建手術は10歳を目途としていたが、2008年に延期し、渡航準備を行う。

10.第5回来日(2008年6月7日〜)

通訳の女性とともに来日。6月11日に頭部への組織拡張器の挿入と耳の再建手術に必要な軟骨の取り出しの手術をおこなった。現在は週1回の通院で組織拡張器に生理食塩水をいれて皮膚を伸ばしていき、10月5日(日)に耳の再建手術をおこなうことに決定。


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