NPO法人 アドラ・ジャパン ADRA Japan
ADRAとは?

スタッフ一覧

ADRA Japanで働いているスタッフをご紹介します。

ADRA Japan常務理事、事務局長
事業部
ADRA Japan理事、事業部長

管理部
総務・財務部長
経理・総務・支援者対応担当
広報担当
ファンドレイジング

 

 

 

スタッフ紹介

ADRA Japan常務理事、事務局長
浦島 靖成(うらしま やすなり)

浦島 靖成
経歴
学生時代、三育学院のボランティアサークルATI(アジアとともに生きる会)に入会。タイ、インドネシア、スリランカで行われた、教会堂や校舎などの建築活動に参加。卒業後、三育学院・宮崎・都城・広島三育学院・札幌の各教会牧師を経て(途中1年半フィリピンに留学)、2011年4月よりADRA Japan 支部長補佐、2011年10月よりADRA Japan支部長に就任。家族は、妻と娘と息子と犬。
メッセージ
ADRA は、聖書に書かれている黄金律(人からしてほしいと思うことを人にもその通りにしなさい)を体現する場であると思います。「自分が何をしたいのか」ではなく、「相手が何をしてほしいと思っているのか(相手の必要は何か)」にいつも焦点を当てつつ、活動を展開することができればと願っています。ADRA Japan の歩みが支えられるよう、皆様のお祈りの内に覚えていただけたら幸いです。

 

事業部

ADRA Japan理事、事業部長
橋本 笙子(はしもと しょうこ)

橋本 笙子
経歴
システムエンジニア、短大講師の傍ら、野外活動指導者として青少年育成活動に携わる。1988 年、ADRA の青年海外ボランティア活動であるマレーシアでの井戸掘りに参加。その後も仕事を続けながらADRA Japan のボランティアとして海外プロジェクトに参加し、国内ではデータベース作成など事務処理のボランティアとして関わりながら、国際協力について学ぶ。1996 年にADRA Japan のスタッフとして広報を担当し、1999 年からは団体の運営・事業全般に関わる。特にコソボ、リベリア、スーダン(ダルフール・スーダン南部)、中国四川大地震などの緊急救援事業で成果をあげる。現在は事業部長として、緊急救援事業、開発支援事業、国内事業全般を統括している。2児の母。
ジャパン・プラットフォーム(JPF)NGOユニットの副代表幹事、日本UNHCR-NGOs評議会(J-FUN)の共同議長、災害即応パートナーズ(PDR)の共同代表などを歴任。
Marie Claire2009年3月号の「プラネット・ウーマン100」に選ばれる。
メッセージ
ボランティアでADRAの活動に参加し、マレーシアに井戸掘りに行ったのが1988年。会社勤めをやめ、ADRAにフルタイムでかかわるようになったのが1996年。多くの出会いの中で、多くの方々に支えられ、今まで活動することができました。これからも出会いを大切にしていきたいと思っています。

 

ネパール事業担当
須原 敦(すはら あつし)

須原 敦
経歴
大学では政治学や言語学など、関心のある分野にあれこれと手を出していました。ADRA、そして国際協力と関わるきっかけは、大学1年生の時に参加したモンゴルでの学校建設ボランティアへの参加でした。その後、教育や経済開発、医療支援への興味を抱きつつ、大学院修了後は製薬会社に入社。数年間、北海道で医療用医薬品の営業をした後、2008年4月からADRA Japanのネパール事業を担当しています。
メッセージ
ネパール医療チーム派遣事業には、学生のときにもボランティアで参加しました。その頃から大きく変わったものもありますが、まだまだネパールは政治的にも経済的にも安定していません。水や電気の供給も滞りがちですが、そんな中で毎日たくましく生きるネパールの人たちに触れるたび、彼らのエネルギーと明るさ、生命力に驚かされます。
首都では携帯電話やiPodを持つ人が増える一方、農村部の一般家庭にはいまだにテレビもなく、字が読めない人もたくさんいます。都市と地方の格差は広がり、同じ国にいるのに全く違う時代を生きているような感覚です。現地の人たちが求めていることは何なのか、しっかり見極めながら今後も事業を進めて行きたいと思います。

 

ネパール事業担当(現地駐在)
小川 真以(おがわ まい)

小川 真以
経歴
大学では、大きな産業が育ちにくい途上国での観光開発を専攻。大学卒業後は民間企業で営業職として勤務していました。いろんな業種・職種の方と出会えた経験は今にもつながっています。その後、以前から興味のあったJICAボランティア事業に参加し、ネパールとケニアでコミュニティ開発の活動に従事。温かい地域の人たちに恵まれ、もっと草の根レベルで町や村の人たちと関わる仕事をしたいと思い、NGOで働きたいと思うようになりました。2011年5月よりネパール事業担当として勤務しています。
メッセージ
マイクロバスに乗っていると、小さな赤ちゃんを見ず知らずの私の膝の上にちょこんと預けるお母さん。「いま何時?」と、知らないおばちゃんが私の腕をつかんで、腕時計を見ようとする。「チヤカエラザヌス!(お茶飲んでいきなさい)」と何度も誘ってくれる、数えきれないほどのご近所さん。そんな温かい人と人との関係がネパールにはまだまだたくさん残っています。その一方で10年にも及んだ内戦の爪跡が生活の様々な部分に影を落とし、停電・断水は日常茶飯事、政治も依然不安定でストライキがたびたび起こり、日常生活に支障をきたしています。それでも、明るくたくましいネパールの人々。
日本はネパールにはないものをたくさん持っているけれど、ネパールには日本では忘れ去られてしまったものが、まだ残っています。日本の皆さまからの温かい支援をネパールへ届け、ネパールの心温まるストーリーを皆さまへお届けできるよう、ネパール開発事業に精一杯取り組んでいきたいと思っています。

 

ミャンマー事業担当
飯田 紫乃(いいだ しの)

飯田 紫乃
経歴
2001年にアメリカで起きた同時多発テロと、その後のイラク戦争の報道をきっかけに、国際社会に興味を持つようになりました。大学では国際開発と国際協力を幅広く学びましたが、在学中にマレーシアで「多文化社会での紛争予防」についてフィールド調査を行なったことで、平和と開発の関係に研究分野を絞りました。その後、イギリスの大学院で平和学を学び、卒業後、ADRA Japanでのインターンを経て、2013年6月よりADRA Japanスタッフとしてミャンマー事業を担当しています。
メッセージ
大学を卒業してからそのまま大学院へ進学したため、ADRAが私にとって初めての実践の場となりました。これからは、これまで学んできたことと現実の狭間で悩むこともあるのだろうと思いますが、それら全ての経験を大切にして、一歩一歩成長していきたいと思います。

 

ミャンマー事業担当(現地駐在)
鈴木 昌則(すずき まさのり)

鈴木 昌則
経歴
中学生の頃から国際協力に関心を持ち始め、大学では農学部で農村開発などを広く学び、大学4年次からNGOインターンとしてフィリピンのビコール地方で貧困削減活動に1年間従事。その後、JICAの青年海外協力隊でニジェールの村落部における生活改善を目的とした成人女性のノンフォーマル教育に携わり、活動で感じた反省から大学院では開発と教育について学びました。これまでの現地活動経験から今後も草の根レベルで国際協力に関わりたいと思い、より責任感のあるNGOでの仕事に興味を持ちました。2012年11月からADRA Japanで中南米事業を担当し、2013年8月からはミャンマー事業担当として現地に駐在しています。
メッセージ
自立発展を目指す上で住民の自助努力の必要性を感じました。今後はNGOスタッフとしてより責任のある立場になるため、チームワークを大切にしながらひとつひとつまた新たな気持ちで学んでいきたいと思っています。支援してくださっている方々の思いを大切にし、感謝しながら少しでも平等に、平和に、幸せに人々が暮らせるような社会の発展に貢献できるように日々努力していきたいです。

 

 

アフガニスタン事業・シリア難民支援事業担当
杉本 亜季(すぎもと あき)

杉本 亜季
経歴
学生時代を欧米で過ごし、大学卒業後は通信社に勤務。英国の大学院で開発学を専攻した後、とあるNGOに所属。主に現地に駐在しながら旧ユーゴスラビア地域(難民・避難民支援)、アフガニスタン(教育)、ミャンマー(保健衛生)、ブルガリア(日本語・日本文化発信)などで事業を実施。ADRA Japanではアフガニスタン、シリアを担当。

メッセージ
歴史や言語が好きなため異文化に関心が高く、土地の人と触れ合い、話を直接聞くことができるこの仕事が好きです。新環境のADRA Japanでの発見をinputして、これまでの経験を活かしてoutputできるよう努めていきます。

 

シリア難民支援事業担当
伊東 彩(いとう あや)

伊東 彩
経歴
大学生時代に約半年間、ケニアで開発支援を行なうNGOのインターンシップに参加しました。大学卒業後は同NGOの事業調整員としてケニアに約2年半滞在し、主に地域保健活動と小学校でのエイズ教育や早期性交渉・妊娠予防の活動に携わりました。2015年1月からADRA Japanで勤務を開始し、シリア内戦による難民を支援するレバノンでの事業を担当しています。

メッセージ
現地の人々が、自分の力でなんとか課題の軽減・解決に向けた取り組みを行なえるようになることが、私が開発支援に携わる際の大きな目標です。支援を通じて、現地の人々の「自分たちで何とかできる」「何とかしたい」という気持ちを少しでも引き出せたらと考えています。
日本にいると支援が必要な地域の悲しいニュースが多く耳に入りますが、困難な状況下でも希望を持って課題に立ち向かおうとする現地の人々がたくさんいます。支援者の皆さまには、できる限り現地の人々の希望や力強さをお伝えできるよう、努めてまいります。

 

ペルー事業、パラグアイ事業担当
中野 佐知(なかの さち)

中野 佐知
経歴
大学卒業後、シンガポールのNGOで青少年教育に携わる。その後JICAのボランティアとして2年間、ブラジルで日本語教育に従事する。帰国後、大学院に進学し、国際開発研究科にて教育開発を専攻。2008年4月よりADRA Japanで、中国四川大地震被災者支援事業、ペルー地震復興支援事業などを担当。
メッセージ
ペルーと中国の地震被災者支援事業の担当となり、被災者の方々に残された震災の爪あとがいかに深いものであるかを知るようになりました。そして、同時に被災者の方々のたくましさも知りました。
日本の支援者のみなさまからは多くの暖かいご支援を頂き、現地では非常に喜んでいただきました。一口に「復興」といっても、その道のりは本当に長く難しいものですが、被災地の方々が自らの足で再び歩めるように手助けをするのがADRA Japanの復興支援です。
今後もみなさまの支援を確実に現地へ届け、被災者の方々の新しい生活をサポートするために励んでいきます。

 

ジンバブエ事業担当
石橋 和博(いしばし かずひろ)

石橋 和博
経歴
小学生の時に高校生の姉と兄がADRA Japan海外ボランティアプロジェクトに参加していたのをきっかけに、自身も高校生時代に2回、ADRA Japan海外ボランティアプロジェクトに参加。三育短期大学英語コミュニケーション学科を卒業し、海外留学の夢をかなえるためオーストラリアにあるアボンデール大学付属英語学校に入学。2005年より同大学の国際協力学科及びマスコミュニケーション学科を専攻。在学中の2006年より長期休暇を利用して、ADRA Japanで事務局インターンとして活動。2008年に大学卒業後、ADRA Japanで勤務開始。ミャンマー・ジンバブエ・インドネシア・ハイチと4カ国の緊急支援事業に携わる。自ら撮影したジンバブエ被災者支援事業の映像を編集して「第1回ドキュメンタリー動画祭」に応募し、【優秀賞】を受賞。3児の父。
メッセージ
「百聞は一見にしかず」といいます。高校時代にADRA Japanに関わって以来、 そのことを強く感じます。やはり人から聞いた情報と、現地に行って目で見て 確かめた情報では訴えかけてくるものが大きく違います。その差を埋めること ができるように、現地からの写真やビデオなどで現地の状況をわかりやすく皆 様に伝えていけたらと思っています。

 

ジンバブエ事業担当(現地駐在)
前川 龍太(まえかわ りゅうた)

前川 龍太
経歴
高校生の頃から、困難な状況に置かれている人々の役に立つ仕事をしたいと思ってきました。大学では政治学とジェンダー・セクシュアリティ研究を専攻し、差別問題を中心に学びました。その中で、ADRA Japanでのインターンシップや海外でのボランティアに参加することによって、国際協力に強く惹かれるようになり、ADRA Japanで働かせて頂くことになりました。
メッセージ
貧困といわれなき差別のために苦しみを抱えている人々が、未だに日本を含めて世界中に数多くいます。特に、抱えている問題が十分に認知されていないため、全く支援を受けられていない人々は、非常に厳しい状況に置かれています。ADRA Japanのミッション・ステートメントには、「人間としての尊厳の回復と維持」が謳われています。「人間としての尊厳」とは一体何を意味するのでしょうか?この言葉の意味を常に問い続け、これに立ち返りながら、苦しみの中にある人々の役に立てるよう精一杯励んでいきます。

 

ケニア事業・南スーダン難民支援事業担当
内田 順子(うちだ じゅんこ)

内田 順子
経歴
大学で法律を学んだ後、大学院で開発や国際政治全般を学びました。日本のNGOでのインターン、その後在スーダン日本大使館で草の根無償資金協力に関する業務に就き、スーダン各地を訪問し様々な事業に携わりました。コミュニティーやそれに向き合うNGOの人たちとともに過ごす中で、事業の実施に関わりたいと思い、NGOで働きたいと思うようになりました。
2009年4月よりADRA Japan現地駐在員としてスーダン・アッパーナイル州パガックに駐在。2011年8月に帰国し、現在は南スーダン事業を支えつつ、ケニア事業にも従事しています。
メッセージ
現在、東京事務所でケニア事業と南スーダン難民支援事業を担当しています。 どちらもかつて駐在した、思い入れのある国です。今は現場から離れていますが、現地の人々の生活に思いを寄せ、日本から活動を支えていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

 

南スーダン難民支援事業担当
前野 裕子(まえの ゆうこ)

前野 裕子
経歴
交換留学でブラジルに滞在した高校2年の時から国際協力の世界に興味を持つ。大学では開発学と人類学を専攻し、在日ブラジル人のコミュニティでフィールドワークを実施。その後、難民支援のNPOでインターンとしての経験を積み、JICA青年海外協力隊員として2年間ケニアの児童保護施設での活動に従事。2013年11月よりADRA Japan で南スーダン事業を担当。
メッセージ
大きな太陽とどこまでも続く自然に囲まれた、南スーダンの事業地パガック。過酷な環境に住む人々の生きる強さに魅了されています。22年に及ぶ南北紛争からようやく解放され、2011年に独立した南スーダン。残念ながら私が赴任してからすぐに再び内戦状態に陥ってしまいました。クーデターが起こった日のスタッフの悲しそうな顔は忘れられません。多くの人々が命を失い、避難生活を強いられることになりました。
南スーダンが平和な国になってほしい。そのために私たちにできることを一生懸命やりたいと思います。皆様のご支援をよろしくお願いいたします。

 

南スーダン難民支援事業担当
齊藤 吉洋(さいとう よしひろ)

齊藤 吉洋
経歴
プロサッカー選手を目指していた高校時代、とあるきっかけから「途上国の貧困問題」に関心を持ち、大学では貧困の原因を探るため、国際政治学を専攻。在学中、JICAインターン、途上国へのバックパッカー、ボランティアを経た後、ビジネスという観点から開発を捉えるべく総合商社へ就職。在職中、南アフリカ共和国でたまたま出会った元ADRAスタッフに惹かれADRA Japan へ。現在は南スーダン緊急支援事業を担当しています。
メッセージ
「プロフェッショナル」という言葉に幼い頃から強い憧れを抱いてきました。高校まではプロサッカー選手を目指し、その後、途上国開発のプロとなるために総合商社での勤務を経験。今後は「アフリカの平和に貢献できるプロ」となることをADRAで目指します。
自身の一度きりの人生において、どうアフリカの開発に関わりたいか、じっくりと向き合った末、ADRAというフィールドを選びました。世界中のどこの国に生まれても当たり前に守られるべき幸せをアフリカの人々に届けるため、皆様のご支援をよろしくお願いいたします。

 

海外事業担当
松川 聡(まつかわ さとし)

松川 聡
経歴
大学では異文化コミュニケーション研究を専攻し、教育に対する価値観について研究をしました。在学中はラオスの小学校で教育支援のボランティア活動に携わったり、ADRA Japanの事務所で半年間のボランティアを経験したりしました。大学卒業後は数年間、都内ホテルのフロントで働き、2014年8月からADRA Japanで勤務しています。
メッセージ
大学時代、ふとしたことがきっかけでADRAを知り、今こうして働かせていただいております。ここに至るまで多くの人の支えと出会いに恵まれました。その一つひとつに感謝し、ADRAでの働きの中で還していけるよう努めます。

 

パラグアイ事業担当(現地駐在)
野崎 明美(のざき あけみ)

野崎 明美
経歴
県立病院に17年間勤務しましたが、その間に3回の転属があり、ほぼすべての科を回りました。看護師として自信を持てた時にJICAの青年海外協力隊に参加しようと志し、12年かけてやっとその時が来たと感じられるようになりました。任地であったパラグアイでの経験が私を大きく変え、国際協力に関わっていきたいという思いが強く大きくなって長年勤めた職場を退職し、2015年1月からADRA Japanにて中南米事業を担当させていただいております。
メッセージ
私は看護師の仕事が大好きです。看護師として国際協力に関わっていきたいと思っており、それが実現できることを嬉しく思っています。支援する側としてパラグアイに赴いた時の目的は看護の質の改善でしたが、逆にそこで現地の人々から人間愛を教えられました。貧しくて薬が買えず、治療も受けられない状況にあっても、家族や大事な仲間たちと一緒にいられることが最も大切であり、その幸せが薬以上の効果を生み出していました。今後もそんな彼らと関わっていきたいと思っておりますし、大好きな人々が家族みんなで健康に、長く一緒にいられることができるお手伝いがしたいと考えております。そんな彼らと関わることで、私自身も温かい気持ちになれます。私を取り巻くすべてのことに感謝しています。

 

ケニア事業担当(現地駐在)
西野 友子(にしの ともこ)

西野 友子
経歴
高校時代から国際協力に関心をもち、大学では国際法や国際政治学を学びながら、国際協力 NGO や国連機関でボランティアやインターンとして経験を積みました。その後、大学院に進学して平和学および国際開発学全般を学び、修了後はインドとガーナの在外公館において政府開発援助のプロジェクト実施に関わる業務に従事しました。2015年1月よりADRA Japanでの勤務を開始し、2月よりケニア事業の現地駐在員として働いています。
メッセージ
経済や社会の発展・開発援助が多くの人々の生活を改善する一方で、そこから取り残されてしまう見捨てられがちな人々、特に様々な権利が保障されないことがある子どもや女性、障がいを持つ人々が存在する状況を海外で目の当たりにしてきました。彼らの生活向上のために必要な支援とは何か、彼らとともに考え、その側面支援をしていけたらと思うようになった時、ADRA Japanに出会いました。 前職で現地の人々に直接会って話をした際、想像をはるかに超える辛い経験をしてきた彼らの優しさや強さに触れ、大きく心を揺さぶられました。ご支援をいただいている日本の皆様に、現地の人々の生活や状況を少しでも感じていただけるよう、彼らの声をお届けしたいと思います。厳しい状況にある一人ひとりに寄り添い、彼らの未来を丁寧に考えた事業運営をしていきますので、今後とも温かいご支援、ご協力をよろしくお願いします。

 

国内事業(防災・緊急支援)担当マネージャー
渡辺 日出夫(わたなべ ひでお)

渡辺 日出夫
経歴
国立清水海上技術短期大学校卒業後、クルーズ客船乗組員として世界30カ国以上を巡る。高校生時代からボランティアとして関わっていたADRA Japanに1998年に転職し、2001年までアジアでの緊急・開発支援事業に携わる。その後、カナダ遊学などを経て、2008年にADRA Japanに復職。現在は国内事業を担当。平時は、防災士として「東海地震等に備えた災害ボランティアネットワーク委員会」委員などを務めつつ、国内での防災・減災啓発活動に従事している。
メッセージ
高校2年生の時に初めてADRAのボランティアプロジェクトに参加したことをきっかけにADRAに関わり、現在は国内での防災・減災活動を中心に活動しています。阪神・淡路大震災、東日本大震災など、大きな災害が日本でも起きています。これらの災害を対岸の火事とせず、「いつ自分達の身に降りかかってくるか分からない災害」に対しての備えを忘れてはいけません。ADRA Japanでは、防災・減災啓発セミナー講師の派遣も行なっています。
Sunrisemanは、様々な経験を活かして「災害への備え」をお伝えしていきます!

 

 

東日本大震災被災者・復興支援事業担当
三原 千佳(みはら ちか)

三原 千佳
経歴
大学では服飾を専攻し、パターン(製図)を中心に家政学全般を学ぶ。また、教員免許も取得。卒業後、JICAボランティアで2年間ジンバブエへ。女性支援をするNGOにおいて、主にHIV/エイズ啓発活動と現金収入向上を目指した活動に携わる。帰国後は中学校教師などを経て、2011年4月よりADRAスタッフとして宮城県山元町に駐在。2011年9月現在、応急仮設住宅支援を実施。
メッセージ
経歴を見ると一見統一性がないようですが、私の中では全てつながっています。 他の被災地と同じく、山元町も今回の震災で甚大な被害を受けました。いつかは町を去る‘よそ者’であることを忘れず、住民の方に寄り添いながら社会福祉協議会と一緒に復興支援を進めていきます。復興支援はこれからが本番です。皆さまの温かいご支援をどうぞよろしくお願い致します。

 

東日本大震災被災者・復興支援事業担当
小出 一博(こいで かずひろ)

小出一博
経歴
大学生活終了間近の夏休みに、農業系ワークキャンプに参加。畑の草取りの合間にプチトマトを食べた瞬間に、自身の中で何かがはじけてしまった!
国際協力の現場で生きる技術としての農業を志して就農。15年あまり、有機栽培で野菜を育て宅配をしていた。その後、紆余曲折を経て2007年末にADRA Japanのスタッフとなり、ラオス事業のプロジェクト・マネージャーとしてラオスに派遣される。
2012年6月にラオス事業終了とともに帰国。現在は東日本大震災被災者・復興支援事業担当として、震災後の福島県の農業支援および宮城県の漁業支援の活動に携わっている。
メッセージ
ラオスでは、自然と調和して生きる現地の人々の生活からたくさんの事を学びました。震災後一年以上経った2012年7月から、福島県や宮城県の生産者の方々と接するようになりました。震災後の多くの困難の中、多くの方々が未来を切り開こうと果敢に歩み続けておられます。ラオスで培った住民主体の地域づくりの経験を東北の復興事業にも生かすべく、日々奮闘しています。

 

東日本大震災被災者・復興支援事業担当
会田 有紀(あいだ ゆき)

会田有紀
経歴
大学で教育学を専攻後、民間企業に勤めました。しかし、国際支援の現場で働く夢を捨てきれず、5年で退職しました。その後、大学院で再び教育学を学び、2007年に外務省NGO専門調査員としてADRA Japan に派遣されました。派遣期間終了後もADRA Japan でスタッフとして働いています。会計、支援者窓口、国内災害、ネパール事業、ベトナム事業、ラオス事業を経て、2012年6月より東日本大震災被災者・復興支援事業を担当しています。

メッセージ
国際協力の経験がなかった私は、これまでADRA Japan の仕事を通じて出会った人々に教えられ、支えられながらやってきました。これからも、日々、仕事で出会う人々や出来事を大切に、事業とともに成長していきたいです。どうぞよろしくお願いします。

 

 

 

 

管理部

総務・財務部長
渡辺 千里(わたなべ ちさと)

渡辺 千里
経歴
広島三育学院高等学校在学中より、ADRAのマレーシアでの井戸掘りやネパールでの建築プロジェクトに参加。大学在学中にも、ボランティア・プロジェクトに参加し、合計6回の海外ボランティアを経験。東海大学を卒業後、ADRAの支持母団体であるSDA教団青年部勤務。レクリエーション・インストラクター、キャンプ・ディレクターの資格を活用しながら、青少年団体のキャンプ企画やADRAのボランティア・プロジェクト、阪神・淡路大震災のボランティア派遣に従事。その後、出産・育児を経て、外務省NGO専門調査員としてADRAに勤務。
「NGOの広報」に関する報告書をまとめ、以後ADRAの広報を担当。広報業務に従事しつつ、独自に会計を学び、現在、ADRA Japanの財務部長およびADRA News、パンフレット、年次報告書などの作成をおこなっている。2児の母。
メッセージ
現在は子育て中ということもあり、海外に行き、直接支援活動に携わることはありませんが、過去6回、海外ボランティアに行っていた頃の思いを今も忘れることはありません。数週間に渡る竹テントでの蚊帳&寝袋生活や、3日に1度のバケツシャワー。過酷な生活とは裏腹に、現地の人の素敵な笑顔に元気をもらい、自然の恵みを肌で感じ、すべての事に感謝することを学びました。
今、与えられている場所で、最善を尽くすということをモットーに、ADRAの健全な運営を目指し、またADRAの活動を分かりやすく伝えるべく日々邁進しています。
会計も広報も独学なため、至らないところも多々あるかと思います。是非、皆様からのご意見やご感想をお寄せ下さい。より良いものを作れるよう、努力していきたいと思います。

 

経理・総務・支援者対応担当
芦田 望未(あしだ のぞみ)

芦田 望未
経歴
高校生の時にホームステイで訪れたアメリカ。かの国で一番衝撃を受けたのは国連本部で見たアフリカの子どもたちの写真です。それがきっかけで、大学では国際開発全般を学び、その中で特にマイクロクレジットに興味を持ったため、最初の仕事に銀行の個人融資を選びました。 結婚を機にシンガポール在住となったため退職、日本へ戻ってきたときに国連関係の財団法人で支援者対応の仕事に就きました。しかし、どうしてもアフリカへの夢が捨てきれず、イギリスの学校で勉強、そしてモザンビークでのNGOインターンを経て、2011年1月よりADRA Japanの管理部で働いています。
メッセージ
いつもお金にかかわる仕事をしています。 お金って不思議です。お金自体には価値はありません。ただの紙や金属です。皆がお金の価値を認めるから、お金がお金として使えるのです。お金はお金を生みます。お金を持っている人は、お金を貸すことにより利息を得る事ができます。また運用して利益を得る事もできます。 お金がない人は、必要な時にお金を借り、利息を払わなければなりません。借りたお金は返済しなければなりません。返済苦に陥る人もいます。世の中は金持ちがより金持ちになるように出来ています。貧困の中で生きている人は、最初の元手になる物がありません。だから貧しいままなのです。 私はそんな世界に疑問を持ち、世界の仕組みを少しでも変えたいと思ってADRA Japanで働いています。最後になりましたが、ADRA Japanにいつもあたたかいご支援を頂きまして、ありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。

 

経理・総務・支援者対応担当
百々 久美(どど くみ)

百々 久美
経歴
私が高校生だった2001年にアメリカ同時多発テロが起こり、そのニュースに触れているうちに現代史に興味を持ち始めました。過去の歴史を学ばないと現代の構造はわからないと思い、大学では文化歴史学科にてイスラム学を専攻しました。卒業後は社会科の教師として勤務していましたが、結婚を機に退職。かねてから関心のあった国際協力NGOで働きたいと一念発起してADRA Japanに入り、支援者対応に従事しています。
メッセージ
生まれる場所が違うだけで紛争や貧困などによって生命の危機にさらされる人たちがいる一方、何の不自由もなく暮らしている自分。ずっと、自分にできることは何かないかと思ってきました。現在は支援者対応担当としてマンスリーサポーターの受付や寄付金の管理などを行なっておりますが、この業務を通じ、私だけではなく、困っている人たちのために何かしたいという気持ちをお持ちの方がたくさんいらっしゃるということがわかりました。これからも、支援を必要としている人たちにそのような皆様のお気持ちを届けるべく、ADRA Japanの窓口担当として業務に邁進して参りたいと思います。今後とも皆様のご支援をよろしくお願いいたします。

 

広報担当
永井温子(ながい あつこ)

永井温子
経歴
文教大学国際学部卒。在学中、ADRAのボランティアプロジェクトに参加。卒業後、ADRAインターンを経て、JICA開発パートナー事業の現地連絡調整員としてタイに駐在。2006年7月よりADRA Japanの事業部スタッフとして勤務し、約1年間ネパールに駐在。第1回目の育児休暇取得後から管理部に所属し、会計、広報の仕事を担当。二人の男児の母。

メッセージ
ボランティアプロジェクトで訪れたコソボで私を襲ったショックを思い出すと、今でも皮膚が緊張します。私が笑っていたとき、逃げまどい、殺された人がいた。飢えに苦しんだ人がいた。そしてそれは、残念ながら今この瞬間にも世界のどこかで起こっていることです。子どもを産んで初めてわかったこともたくさんあります。途上国のお母さんや、紛争や災害に遭ったお母さんがどんなに大変な思いをして子どもを産み育てているか、それを考えると涙が滲んできます。私たちの活動は、皆様の応援によって成り立っています。これからもご支援のほど、どうぞよろしくお願いいたしします。

 

ファンドレイジング担当
山本 匡浩(やまもと まさひろ)

山本 匡浩
経歴
高校卒業後、消防士として2年間勤務。その後、大学、大学院へと進学し、家族・貧困問題を専攻。2008年からNPO活動に関わり始め、母子家庭の保育や生活相談に携わる。活動をする中で自立支援の難しさ、NPO運営の難しさを実感する。NPOの広報や資金調達の方法を学ぶためにADRA で3ヶ月のインターンを経験し、2011年3月よりADRA Japanで勤務開始。国内事業担当として、主に資金調達に携わる。
メッセージ
ADRA Japanに入って4日目の2011年3月17日、東日本大震災の被災者支援のため、仙台市若林区の避難所で500食の炊き出しをしていました。新米スタッフとして右も左も分からない中、被災者の方やボランティアの皆さんとともに、試行錯誤しながら支援活動を行いました。 震災支援をしていて初めて気づいたことは、「当たり前の生活」がいかに多くの人の努力で支えられていたのかということ。お店が開いていない、道路も通れない、ガソリンもない、水もない、電気もない・・・。そんな状況で支援活動を行なっていると、人と人とのつながりが重要だと感じました。仙台での活動を通じて、近所の人、神戸など他の町から来たボランティアさん、地元の企業などが手を携え、困ったときにお互いが助け合う「つながり」の力を感じました。 ADRA Japanのスタッフとして、困っている人たちと支援者の皆さんの「つながり」を作り出していきたいと思います。

 

2015.05.20更新
 

 


リンクと著作権について / 個人情報保護について